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OTAを使いこなし、1棟貸し宿で稼働率90%を維持。常識にとらわれず広範なニーズを拾い上げる、新たな旅館とは

Vol.019 磯部温泉 旅邸 一人十色 
株式会社ハイパークリエーションアルファ 代表取締役 依田沙希さん

江戸時代にまで遡る長い歴史を誇り、温泉マークの発祥の地としても知られる関東の名湯磯部温泉。

カフェの立ち上げを始め、これまでの旅館の常識を離れた画期的な運営手法や販促活動によって「旅邸 一人十色」という新たな旅館像を確立することで、磯部温泉に新風を吹き込んでいる株式会社ハイパークリエーションアルファの代表取締役 依田沙希さんに、そのユニークな取り組みの数々についてお話を伺いました。


-どのような経緯から、カフェの立ち上げをお考えになったのでしょう

私は安中市の生まれで、磯部温泉はまさに地元なのですが、観光地としての賑わいが年々少なくなっているのを痛感していました。磯部温泉内には銘菓「磯部せんべい店」が11軒と数軒の飲食店しかなく、足湯や温泉街中心を流れる碓氷川、夏季に営業する「磯部簗(やな)」などスポットに限りがあるのが現状の課題です。

観光地の魅力度という意味では、目新しさがなく、いつも同じというのは大きな弱点です。そんな地元に、もう一度観光地としての活性化をもたらしたい。そのためには新しいコンテンツの開発が急務だという想いから、ハイパークリエーションアルファをこの地に移転するタイミングで、カフェを立ち上げようと考えたわけです。

若年層が駅から歩いてふらっと立ち寄れるカフェ、観光客が散策の途中に足を止める場所を新たに作れないか、というのが始まりでした。

条件にぴったりの駅前の土地を確保し、ここに事務所とカフェを作ったのが2021年4月のこと。「磯部温泉にカフェができた」という明るいニュースを提供するとともに、観光客が温泉街をドリンク片手に周遊する機会を創造することを狙いとしたので、カフェの商品も「映え」重視。

磯部温泉に来ないと食べられない、飲めないものを提供し始めました。おかげさまでカフェは狙い通り、開業当時から好調に推移することとなりました。まったく知名度のなかった新しいカフェですから、販促活動が最大のカギ。これには私の専門分野でもあるSNSやLINEを最大限に活用しました。

とは言え、SNSやLINEはどんな施設でも活用していますので、注目を集め、情報を広めるにはこれをどう使うかが肝要。

起爆剤として機能させるためにはそれなりの工夫やノウハウも必要となりますから、これまでのノウハウを活かしてできる限りアイディアを盛り込んだ仕組みづくりを構築しました。
 

-カフェの運営に手応えを得て、「一人十色」の開発に取り組まれたんですね

はい。カフェの運営がある程度見込めるようになった後、次の一手としたのが旅館を併設するという計画でした。

カフェの隣地にあった、元は旅館だった築50年の空き家を借りてリノベーションを行いました。幸い施設そのものは老朽化していなかったため、構造には手を加えず、内装のみをリノベすることで、コストを抑えながら現代風の宿へと印象を刷新することを意図しました。

具体的に内装は壁紙のデザインチョイスに至るまですべてを私どもで担当し、その施工だけを工務店に依頼するという形です。これと併せて補助金も申請することで、自己資金をできるだけ低減させました。

お客様にはこの宿を、ネットで見つけていただくことをマーケティングの基本としていますので、施設名を見ただけでカテゴリーがわかることはとても重要です。宿を見つけてくださったお客様に「自分の望む宿だ」とカテゴライズしていただくために、宿名には「一棟貸切」という文言を付記しています。
 

-新たなコンセプトの宿として、どのような魅力や楽しみをご提案されているのでしょう

「一人十色」は、1日1組限定での1棟貸しの旅館として6部屋を有し、その名の通り、宿がご提供できる多彩な「過ごし方」を最重視しています。

例えば食事に関して言うと、宿が提供するお食事メニューももちろんありますが、お客様がお持ちになった素材を宿のキッチンとツールを自由に使って料理していただき、好きな食事を楽しんでいただくという、いわば貸別荘的な楽しみ方をされる方が主流です。

従来の旅館は充実した人的サービスで売上を挙げてきましたが、この宿ではお客様ごとの属性や趣味嗜好に合わせた多様なニーズを幅広く受け止め、自由な過ごし方を提案・提供することで売上を挙げていくスタイルをめざしています。

そんな考えを反映して宿には生活感を感じさせないようにテレビは置いておらず、その代わり多用途に使える84インチの大型スクリーンとプロジェクターを設けました。

若年層はテレビよりもネット視聴の方によりメリットを感じますので、ゆったりと寝そべりながらNetflixで映画を見たり、またその日に撮影した旅の映像を皆で楽しんだりと、多様な活用の仕方をしていただいています。

また、温泉マーク発祥の磯部温泉らしく、温泉マークの入った卓球台も設置。これも若年層のSNS利用を考慮した「映え」のアイテムの1つなのですが、「これがホントの温泉卓球」として多くの方に楽しんでいただいています。

さらに磯部温泉への滞在をもっと満喫していただけるよう、宿のオリジナル企画として磯部せんべいの食べ歩きツアーやレンタサイクルを絡めた周遊企画、また恋人の聖地モニュメントにちなんだ企画など、多彩な体験ツアーを提供しています。

これらのツアーの申込みはカフェで受け付けていますので、いわばカフェが体験型ツアーのアンテナショップ的存在としても機能しており、こうしたスタイルもまた全国的にも珍しいようです。


-営業スタイルと販促展開にデジタルを積極活用されていますが、その狙いと効果は?

「一人十色」では直営業は行っていませんので、営業活動はOTAがメインの窓口となります。OTAでの検索でこの宿を見つけてくださった方が、自館のホームページで詳細をご確認され、改めてOTAのサイトで予約していただくという形が大多数です。

また、販促活動についてはSNSを主体に広く告知を行っています。具体的にはLINEを使ってお客様のネットワークを作り、定期的に内容を変えたクーポンを配信しており、1年でInstagramやLINEなどのSNSを合わせて3,000人ほどのフォロワー数を獲得しています。

先にもふれましたが、こうしたデジタル化がこの宿の基本路線となっているため、ポイントカードも紙ではなくデジタルベースとし、利用回数に応じたサービスをご用意しています。会計もローカルではキャッシュレス対応の施設がまだ少ないのですが、「一人十色」ではほぼすべてのキャッシュレスシステムに対応して、特に若年層ユーザーの利便性を向上させることを重視しています。

「一人十色」でもお客様からアンケートを取っていますが、アンケートは取得することが目的なのではなく、そのデータを戦略的にどう活用するのかが肝心です。私どもの宿ではお客様からのアンケートを即時データ化し集約分析していますが、このデータによって漠然としていた課題がクッキリと目に見え、次の戦略へとダイレクトに結びつくケースは少なくありません。

そんなルーティンによって顧客満足度向上を図っているからか、宿の口コミはおかげさまでオール5をいただいており、1棟貸しの宿としては高めの単価設定にも関わらず、中には「割安だ」と言ってくださる方もいるなど、総じて高い満足度を得ることができています。

また「一人十色」では、カフェにいわば帳場のような役割を持たせていますので、人材をカフェだけに集中させることができています。お客様がカフェでチェックインすると滞在期間中有効な暗証番号キーを発行するのですが、このキーはチェックアウト管理とも紐付いており、翌日お客様が退出すると同時に記録に反映されるとともに、そのチェックアウト情報は瞬時にアウトソーシング先の清掃業者にも共有され、自動的に客室清掃と次のお客様をお迎えする準備がスタートします。

チェックインからチェックアウトまでをデジタルキーによる一括管理とすることで、ムダな人手を介することなく宿の運営を可能にすることができています。

-ご利用になられているのはどんなお客様が多いですか

私どもの経営スタイルにおいては、OTAで常に上位にランキングされることが必須のファクター。大規模な旅館とは違って小規模な単体旅館ですので、売上規模の大きさではなく、OTAでも評価ポイントとされている「成約率」の高さが重要です。

開業に際してはこうした背景から、メインターゲットとしてデジタルに強い若年層の利用を想定していたのですが、現状はそれ以上にファミリーでのご利用が多くなっています。ひとつのご家族はもちろん、6部屋利用可能というキャパから複数のご家族でご利用いただくなど、皆が一緒に泊まれる宿としてのニーズの高さも感じられます。

ただ先にもお話ししたように、同窓会ニーズや帰省での利用などを始め広範な潜在ニーズはあるものの、現状はいわば1日1組の早いもの勝ちのため、参加者の意見をまとめるのに時間のかかるお客様が予約競争に負けてしまっているというのが現状だと思われます。

今後はこうしたお客様をどう獲得していくかが課題です。旅館ホテル業界ではリピーターをいかに増やしていくかに注力している宿が多いと思うのですが、私どもでは新規客のリピート転化率こそ重視するものの、リピート客の数そのものは特に重視していません。

まずは新規客という母集団を拡大することこそが、安定経営の根幹だと考えるからです。
 

-今後の展開、展望についてのお考えは

現在はまだ宿が1軒のため、予約競争に負けてしまったお客様を受け入れる余地がないのですが、今後2軒、3軒と施設が増えていけば、予約者を取りこぼすこともなくなると思っています。

温泉地が寂れているのは磯部だけではなく全国の多くの観光地の課題となっていますが、デジタルの積極的な活用によって少ない人材でも空き家を効率的に稼働できる仕組みを導入すれば、全国の空き家をもっと積極的に活用することができ、ひいては観光地の賑わい創出にも貢献できるのではないかと考えています。

実際にこの宿のモデルを参考として、各地から1棟貸しの宿の事業を手伝ってほしい、コンサルしてほしいというお声も、これまでに数々寄せていただいています。

私どもが作り上げたこのノウハウを地域のロールモデルとして普及させ、新たな旅館のサクセス事例として認知を広めていくことができれば、全国的な事業へと展開する可能性も見えてきます。

そんな展望も視野に入れながら、「一人十色」のビジネスとしての完成度をより高めるため、さらなるブラッシュアップに努めていきたいと考えています。

■プロフィール
依田沙希さん
株式会社ハイパークリエーションアルファ 代表取締役 

2009年にハイパークリエーションを立ち上げ、その後ハイパークリエーションアルファを設立。
宿泊施設を中心にインターネットを利用した多彩な集客方法を提案する傍ら、地元である安中市のDMOの業務サポートを手掛ける。5年間で150以上の商品開発と販売を展開するなどの実績を重ねた後、先ごろより「旅邸 一人十色」の経営に進出し、webマーケティングの手法と斬新なアイディアを駆使して、新たな旅行マーケットを開拓している。

▶旅邸 一人十色
▶株式会社ハイパークリエーションアルファ

※2022/11/29公開の記事を転載しています


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