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若手社員の定着で従業員の高齢化に歯止め―新たな旅館像を構築するフロンティアスピリットとは
Vol.8 株式会社ホテル松本楼 代表取締役社長 松本光男
働き手の高齢化が進む旅館業界では、これまで築いてきた経験をいかに次の代に継承し、従業員の若返りを図るのかということが多くの旅館が抱える課題となっています。
そんな中、積極的な新卒採用で従業員の若返りに成功しているのが、湯の町・伊香保で2施設を展開しているホテル松本楼。従業員自らが旅館業の魅力や自館の取り組み、仕事への思いをプレゼンテーションする旅館甲子園では3大会連続で決勝に進出するなど、その取り組みが注目されています。
結婚を契機に2008年にホテル松本楼に入社し、「宿は人なり」をモットーに様々な改革にチャレンジしている松本社長。若手社員が安心して働ける環境作り、ホテルの課題を見つけるルーティンや機能する組織作りの秘訣を伺いました。
積極的な新卒採用と人材育成で平均年齢を若年化
ー従業員の若返りに取り組んだのはなぜでしょうか
異業種から当館に入社して徐々に旅館業務がわかってくると、従業員の平均年齢が58歳と高齢化している状況へのリスクを感じました。そんな時、旅館甲子園の第1回大会(2013年)が行われるというので、見に行ったんです。
旅館甲子園は従業員のための大会ですが、そこでは他旅館の若いスタッフが、活き活きと働いているとか、自分の夢や想いを発表していました。その姿を見て、「ホテル松本楼も、旅館甲子園に出られるような宿を目指したい」という想いを抱いたんです。
―具体的にどのように改革を進めましたか
当館ではまず、「新卒採用」「人材育成」「従業員の満足度向上」の3本柱を作っていこうと決めました。「新卒採用」については、すでに2012年から新卒採用を始めていましたが、改めて力を入れていく事に決めました。
ただ人を入れただけでは、またすぐに辞めてしまうかもしれません。そこで大事なのが「人材育成」。例えば当館では、どうしたら辞めないで続けてもらえるだろうかと考えて、新入社員一人に対して一人の先輩社員がつく「エルダー制度」を取り入れました。
―そうした制度が必要だと感じた理由は何でしょうか
以前は毎日仕事を教わる先輩が違っていました。でも、日によって教え方が違うと教わる方は訳がわからなくなって、それだけで嫌になってしまうんです。そこで、一年間同じ先輩が一人の新入社員について1つの方針で仕事を教えるようにしました。
新卒で入ってくる子にとって、やはり最初の1年間というのはすごく大切です。当館では、入社後1年間は寮生活をしてもらいますが、新卒の子だと初めての一人暮らしという場合が多い。そうすると、朝食を抜いてしまったりして体調を崩してしまう子も出てきます。
そうならないように先輩はプライベートにも気にかけて声をかけてあげるんです。他にも自動車免許を取得中だったら、自動車学校までの送り迎えをしたりもします。
とにかく困ったら、どんなに言いにくいことでも相談すれば必ず先輩はフォローする。そうやってコミュニケーションを密にとりながら、「先輩がいるから大丈夫」という安心感さえ持てれば新卒の子だって続けて働いてくれるんです。
人材育成に楽はない。あえて大変な道を選ぶ
―松本社長が組織作りでこだわっていることを教えてください
管理職には生え抜き社員を抜擢することにはこだわっています。当館でも永く働いてくれている管理職が辞めてしまう事はありますが、その場合でも中途採用で外部から人を連れてきたりはしません。
正直なところ、できる人を連れてきたほうが経営者としては楽です。でも、目先はバタバタしてでも今いる社員をそのポジションに据えてみんなでフォローしていく方が最終的には絶対に良い方向に行くと考えています。
―あえて楽をせず、手塩にかけて人材を育成する理由とは
どんなに旅館のハード面をよくしても、結局サービスをするのは人です。そこは旅館業として大切にしたいと思っています。ただ、各従業員の素材だけで接客しても、あまり深みがありません。だからこそ、研修では当館のおもてなしとは何かを教えます。
それに、旅館は働いている子たち一人一人の人生を作っていく教育ができる場だと思います。そのためには、もちろん時間もお金もかかるわけですが、みんなが幸せであれば私たちも幸せなんです。
―そこには長く働いてもらいたいという思いもありますか
私の中で最低でも3年は居て欲しいという気持ちはありますが、働いていく中で違う夢ができたりもしますので、そういう人は応援してあげたいですね。
学校だったら卒業がありますが、それと同じで松本楼を卒業して次の道に進んでいく事もそれはいいことなんだよと、逆に推奨しています。
―他にも組織を機能させるために工夫していることはありますか
配属された部署以外の業務も出来るように、一人が複数業務をこなすマルチタスクを進めています。なれない業務や他部署の人と一緒に仕事をする心理的ハードルを下げるために、新卒研修時には全ての業務を経験させ、そこで働く社員ともコミュニケーションを図れるようにしました。
あとは1月と5月に人事異動を行っていますが、それまでと全く関係ない部署に配属させることがあります。これまで見ていると、その子が不得手と思っている部署で才能が開花するというケースが結構あるんです。だから、配属先はそうした可能性も含めて決めるようにしていますね。こうして今では平均年齢が33歳になりました。
新型コロナウイルスの拡大の影響で4・5月の2ヶ月は休館しました。その期間中は、月曜日から金曜日まで9時~18時まで毎日研修し、研修加算を頂きましたが、そのおかげで昨年より10人程度、人数が少なくても、忙しかった秋のシーズンを乗り切る事ができました。
変化する時代の中で、旅館ビジネスにも転換が必要
―ホテル松本楼では団体客から個人客へと客層の改革を行ったと伺いましたが
団体のお客様は宴会を楽しまれますが、以前、若い従業員が接客で入った時、どんちゃん騒ぎしている場の雰囲気が嫌だと泣き出してしまいました。そうした光景を目の当たりにして、社員の為にも旅館ビジネスも変化していかななければならないとお客様の個人化に舵を切ったんです。
徐々に個人のお客様の割合が増加していましたが、今年はコロナの影響でそれが加速し、ここまで団体客ゼロ、個人のお客様が100%になっています。
料金も少しずつ見直していて、今の単価は2万円ほど。たくさんお金をいただくということは、その分お客様にはちゃんと満足していただかなければいけません。
そこで、客室や本館ロビーラウンジを改装して全館禁煙にしたり、今後もご要望にお応えできるよう補助金も活用した館内のリニューアルも予定しています。評価と価格は相関関係にあるので、課題を解消しながらしっかりしたサービスをご提供できる体制作りを進めています。
―課題を見つけ出すために行っているルーティンなどはありますか
1つ挙げるならば情報の共有です。お客様からいただく口コミは非常に大切だと思っていますが、悪い意見を頂戴することもあります。その時は週一回のシフト者会議で改善策を話し合い、その内容を全社員と共有します。すると、一般社員の中からまた違った課題が上がってくるんです。
もちろん口コミに全てが書かれているわけではないので当然と言えば当然ですが、以前はそういうものを経営者陣だけで判断していました。でも、実際に私たちが見れるのは課題のごく一部でしかありません。それをたくさんの人の目で見ていろんな意見を出し合うことで、埋もれていた課題が浮き彫りになり、さらなる改善につながっています。
経営の多角化で旅館のビジネスモデルにも新風を
―旅館甲子園でも3大会決勝進出という結果が出ている中で、当初の理想に近づいたという実感はありますか
当時から見れば、ものすごく変わったなと思います。最初は旅館甲子園のエントリーシートに何を書いていいのか悩むぐらいでしたから。旅館甲子園はファイナルまでの間に自館の魅力を、どうプレゼンテーションするかを考える時間がありますが、2度目の出場からはプロジェクトチームを立ち上げて従業員が全てを考えています。
どうやって自分たちの思いをアピールしていくかを夜遅くまで膝を突き合わせて話し合っているんです。完成したものには私たち夫婦の思いもちゃんと伝わっていて、そんな姿を見ているとすごく成長してくれたなと感じます。
―今後の展開を教えてください
IT化はどんどん進めていきたいと考えています。現状では、人でなくてもできるサービスがたくさんあるのでそうしたものはなるべくIT化して、従業員は人じゃないとできないサービスに特化したいです。
具体的には各客室にタブレット端末を設置して、そこからドリンクをご注文できたり、貸切風呂の予約状況や食事会場の混雑具合、周辺の観光情報などのチェックが全て完結できるようにしていきます。
また、旅館業は来ていただけないとお金をいただけないビジネスモデルになっています。それを、ECサイトからご注文いただいたお客様に当館で調理した料理をお届けするとか、同業の方に離乳食やハラル・ビーガンといった特殊な料理を卸したりできないかなと考えています。要は多角化ということだと思いますが、そうしたことにもチャレンジしていきたいですね。
【プロフィール】
松本光男(まつもと みつお)
平成20年にホテル松本楼に入社。
専務時代に新卒採用を始めるなど社員の若年化やそれに関わる体制作りに着手。
平成28年に松本楼の代表取締役社長に就任。
【会社情報】
株式会社ホテル松本楼
設立 昭和39年11月
資本金 1,000万円
従業員数 93名(正社員38名 パート・アルバイト55名)
事業内容 旅館業
公式サイト http://www.matsumotoro.com/
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