おもてなしを「深化」させながら、人の問題を解決する。 老舗旅館「稲取銀水荘」の試みとは?

人的サービスの質が商品価値を左右する傾向の高い旅館・ホテル業界にとって、働き方改革に代表される「人」の問題は、つねに大きな経営課題の一つです。

この課題に真正面から取り組んだ旅館があります。それが日本を代表する宿として全国にその名を知られる伊豆稲取温泉の「稲取銀水荘」です。

1957年の開業以来、60年以上にわたって時代ごとのニーズを的確にとらえながら、他館では真似のできない上質なおもてなしのスタイルを確立してきた名旅館が、その自慢のおもてなしの質をより「深化」させるとともに、人の問題をも解決するために決断したのが、約9億円にのぼる大規模設備投資の実施でした。


4棟にまたがる6階フロア全面リニューアルプロジェクトへの道

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銀水荘が設備投資を行ったのは、4棟にまたがる6階フロアの全面スペース。

この空間に新たに7室の客室露天風呂付スイートルームと、ラウンジ「濤の音」、ダイニング「銀の海」を新設しました。

銀水荘は、全100室513人という大規模な収容を誇る大型旅館であり、創業以来ずっと全室部屋出しでのお食事提供にこだわってきましたが、このスタイルによって年々増大していくスタッフへの負担は、経営上の大きな課題となっていました。

おもてなしのクオリティを維持向上しながらも、スタッフの負担を軽減すること。一見背反するこの命題に立ち向かったのは、銀水荘取締役副社長の加藤晃太氏でした。

加藤氏はまず、今の自館の経営課題を緻密に分析することからプロジェクトに着手しました。


<経営に影響を与える外的要因のピックアップ>

・少子高齢化による生産年齢人口の減少

・時代の変遷による、世代間の仕事観・人生観の変化

・2020年東京オリンピック・パラリンピックを控えた、宿泊施設の増加

・民泊新法案の可決


<これらの要因によって浮かび上がる経営課題>

・労務環境のハード化

・スタッフの世代間の意識のギャップ

・自己実現と社風とのミスマッチ

・採用環境の大きな変化

・異業種参入などによる競合環境の激変

・ターゲットとなるお客様のニーズの多様化


加藤氏はこうした項目をつぶさに検証することで、従来の手法から脱した「新たな銀水荘のおもてなしスタイル」を確立することが不可欠だとの結論に至りました。

新たなおもてなしスタイルとして、加藤氏は以下の3点を重点課題として掲げました。

  1. 「顧客満足度第一主義(CS)」から、「従業員満足度(ES)」=「顧客満足度(CS)」への意識改革
  2. 「属人的運営」から、「組織的運営」への変革
  3. 「銀水荘目線」から、「真のお客様目線」へのシフト


それはいわば「従来型・労働集約型ビジネスモデル」から、「生産的・労働集約ビジネスモデル」への脱皮という決断だったのです。

そして銀水荘のあらゆる業務の中で、この課題がもっとも象徴的に表れているのが、お食事のオペレーション業務であり、またお客様へのお茶のご提供でした。

しかしこの接客スタイルは銀水荘の創業以来の伝統。これを変革することは、いわば銀水荘のアイデンティティを失うことにもなりかねません。

そこで加藤氏が注目したのが「お客様目線」。あくまでもお客様主体にサービスのあり方を考え直すことで、結果として労務環境が改善される方法を見つけ出すことだったのです。

お食事をダイニングに集中させる。その狙いは、一般的にはオペレーションの効率化に集約されます。しかし銀水荘がめざしたのはあくまでもお客様目線に立ったリニューアル。「お客様にこれまで以上にご満足いただけるダイニングの確立」でした。

それはお呈茶も同様、従業員の負担を減らすためではなく、あくまでも「お客様がお好きな時にお茶を楽しめる環境の実現」がテーマとなったのです。

 

プロジェクトが直面した、意外な壁

この設備投資にあたって、この想いをお客様にどう理解してもらい、受け入れてもらえるか。それが加藤氏の想定していた最大のハードルでした。しかし意外なところに大きな壁が立ちふさがったのです。

それは加藤氏が負担を軽減しようと考えていた、当のスタッフという壁でした。

リニューアルが実現した暁には、接客のスタイルが大きく変わり、スタッフの労働時間の減少やよりスムーズな休日取得が可能になるはずでした。しかし社歴の長いスタッフを中心として、従来のスタイルを変更することへの心理的な抵抗感が強く存在したのです。

翻って見ればそれは、銀水荘というブランドへの誇りであり、そこで働く自分に対する自信そのものです。従業員がこうしたステイタスを感じて働いてくれることは、本来企業としての最上の喜びであるはず。しかし長年のスタイルを改革する上で、この長所が障害となって表れてしまったのだそうです。

加藤氏は「古くから銀水に携わってきてくれた方々は、つねに良かれと思って銀水のやり方に従ってきてくれました。時代や環境が激変する中にあっても必死に『銀水のサービス』を守ってきてくれたわけです。 私の目線からすれば、環境が変わったのだから企業側がそれに順応して働き方を変えていくことが彼らに報いることだと思っていたのですが、これが大きな勘違いでした。スタッフは自分たちを守ること以上に、銀水を守ることを重視してくれていたんです」

このプロジェクトを進めるにあたって、そのやり方や手段を伝えることを重視するあまり、最も重要な「目的」を当たり前に共有できていると思い込んでしまっていた、とご自身を振り返る加藤氏。スタッフからの想いを知ったことで、何よりもまず「経営者自身の意識改革」が先決だと、改めてご自身を省みたそうです。

 

世代を超えたプロジェクトチームの結成

経営者は、つねに相手本位でものごとを考えねばならない。

思わぬ壁にぶつかった手痛さから経営者としての教訓を得た加藤氏は、「目的の共有」「メリットの理解認識」「新たな銀水荘の姿」へと、スタッフが不安を感じることのないよう、改めてていねいなプロジェクト進行に留意しました。

部屋食や手厚いサービスに自負を持つベテラン社員から、今後の銀水荘を担う若手社員にいたるまで、世代を超えたスタッフからの忌憚のない意見を聞き取り、その上でこれからの銀水荘がめざす姿を納得共有させていくことで、「新たな銀水荘愛」をスタッフの心の中に築き上げていったのです。

次いで加藤氏が着手したのが、従業員によるプロジェクトチームの結成でした。このチームが中心となってプロジェクトを具現化することで、プロジェクトが一方的なトップ・ダウンになってしまうことを避けたのです。

経営陣の思いをしっかりと共有し、そこに銀水荘の未来・自分の未来を重ね合わせられるよう、40代の部長職から20代までの若手社員までの世代を超えたスタッフによって結成されたこのプロジェクトチームは、各セクションとの綿密な意思疎通とディスカッションを行いながら、少しずつ従業員の総意を取りまとめていきました。

こうして形だけではなく、スタッフの気持ちをも考慮したリニューアルによって、新たな銀水荘がスタートしたのです。

 

リニューアルの後も続く、きめ細やかなPDCAサイクル

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こうして誕生したのが、お客様のプライベートタイムを重視し、スタッフが入室しないというおもてなしを実現した「おもてなしスイート(7室)」と、開放感あふれる空間でお呈茶サービスを展開するラウンジ「濤の音」、そして食事提供を集約しつつも、お客様個々に合わせた4タイプの空間を提供できるダイニング「銀の海」でした。

しかし銀水荘の「おもてなし深化」の改革は、施設の完成がゴールではありませんでした。

オープン後も、夕食・朝食オペレーション時のスタッフ間の慣れの差や、おもてなしの熟度の問題、お客様からのとまどいなど、日々直面する小さな課題を一つひとつていねいに拾い出し、日々それを解決していく作業が続きます。

お客様の声、スタッフの声をしっかりと受け止め、「これからの銀水荘」を目標としたPDCAサイクルを着実に回し続けること。それこそが、伝統的スタイルからの脱皮という銀水荘のめざした改革の本質となったのです。

生みの苦しみを越えて、銀水荘に少しずつ根付いていく「おもてなしの深化」という企業文化。そして「銀水荘の新たなおもてなしスタイル」の確立によって、お客様満足度のさらなる向上はもちろん、銀水荘が抱えていた様々な課題解決を図った今回の設備投資。

旅館・ホテルを営むすべての企業が直面しているさまざまな課題を解決するための貴重なアンサーの一つとして、これからも目を離すことはできません。

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旅館・ホテルにとっての人材問題、働き方問題を解決するには、めざすべきテーマと目標達成への明確なルートを描くことはもちろん、潜在するさまざまな要因をしっかりと洗い出し、一つ一つていねいに対処していくことが肝要です。

株式会社リョケンは、旅館の繁栄に奉仕することを企業理念とし、1949年の創業以来70年にわたって旅館・ホテルの経営コンサルティング、設備投資をお手伝いしています。

「綿密な市場・立地調査」「経営内容の調査」「経営者の考え方や人柄」を十分に汲み取ったうえで、貴館を成功へと導きます。

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