慣習的業務を見直し、時代に合ったアップデートを―働く人、地域、そして観光客を繋ぐ温泉地のミライとは


vol.002  株式会社 ホテル泉慶 常務取締役 飯田武志

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大正4年に開湯した、新潟県新発田市の月岡温泉。エメラルドグリーンの「美人になれる湯」として知名度が高く、15軒ほどの温泉旅館が軒を連ねています。その中で、旅館経営や温泉街全体の活性化に邁進しているのが、株式会社ホテル泉慶の飯田武志常務です。


親しみとくつろぎを大切にした純和風旅館「泉慶」、大型リゾートホテルの機能を有しているハイグレード旅館「華鳳」、オールスイート・ルームの最上級ブランド「華鳳別邸 越の里」と、それぞれ趣の異なる3館を経営。その一方で、グループ全体で見直しを進めているのが、従業員の「働き方」だと言います。具体的な取り組みや従業員の変化、今後のビジョンなどをお聞きしました。

改革ではなく改善。一つ一つ実践するだけ

―従業員の働き方改革を始めたきっかけを教えてください
2012年頃から本格的に大学生や専門学校生の新卒採用を始めました。当グループの社訓は「お客様の期待以上が当たり前」というものです。その社訓に応えてくれる優秀な人材を獲得するには、ホテル旅館業だけでなく、他業種の企業様とも勝負させていただく必要がありました。

しかし勤務時間や労働条件の厳しさから、なかなか学生に選ばれないのが課題でした。働きやすい環境を整備しなければ、学生はこちらを見てくれない。その危機感がきっかけの一つでした。

―どんなふうに取り組みを進めたのでしょうか
この業界は長い歴史が脈々と続いていて、自分たちの仕事に「疑いの目」を持つことを忘れがちです。でも私は、今まで当たり前とされてきたことを少し変えるだけで、業務の効率化や改善はいくらでも可能だと思い、一つずつ見直しをしました。

実は「働き方改革」という名称にも違和感があるんです。「改革」とは、180°真逆に方向を変えること。そんなことが簡単にできるわけがない。私にとっては働き方や業務内容の「改善」に過ぎなくて、小さなことを一つ一つやって、少しずつでいいので環境を整備していく方が重要だと思います。

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―具体的な改善の内容を教えてください
まず人事評価システムの整備です。旅館の従業員は営業の売り上げとは違い、直接数字を生み出さない間接スタッフが大半です。そのため評価基準は年功序列や社歴にならざるを得ない、というのが従来の考え方でした。しかしもちろん、全てのベテランが優秀とは限りません。若くても頑張っている人、自分の考えを持っている人を正当に評価するため、半年に一度、一人一人の業務を数値化して評価し、人事評価やボーナスに反映させるようにしました。

具体的なやり方としては、自己評価と上司の評価、そこに役員の評価も反映します。結果は本人にもフィードバックし、評価の違いを見える化して自分の業務レベルを客観視することで「気づき」を得られるようにしています。ちなみに、評価項目は自分たちで作っていて、人事評価ソフトやコンサルなどは使っていません。

労働時間は実働7時間15分に時短、残業時間は月最大45時間に短縮してICカード管理で週単位の追いかけを実施しています。シフトも30分または1時間単位で細かく区切り、必要な時に必要な人員をフレキシブルに配置できるようにしています。

待遇面では、他業種の企業様に負けないよう基本給から見直し、新しい手当も導入しました。例えば「全日勤務手当」は、朝夜2交代制の料飲サービスの業務で、どちらのシフトにも対応できる従業員に手当をつけるものです。フレキシブルに働いた人に手当を出す。考えてみれば当たり前のことですよね。「みなし残業制」も完全撤廃し、実際の残業時間分手当を出すようにしました。
賞与も年2回の他に、会社の財務内容を社員に公開して、利益が出ている場合は期末賞与も支給しています。

また、東京より外部講師を招いての接遇や管理者研修を毎月行っています。毎月実施しなければ接遇やマナーは絶対身に付くわけないですから。「新人」「3年目以上」「管理職」など階層別にすることで、その階層に必要な知識やスキルを確実に吸収できます。

時代に合ったサービスでお客様にも従業員にもメリット

―従業員の様子やおもてなしに変化はありましたか
待遇面が良くなったことでプライベートに費やせる時間と余裕ができた、シフトの細分化により子育てや家庭との両立がしやすくなった、などの声が届いています。また残業時間の上限設定により、一人一人が効率を考えて動くようになっていますし、管理職の現場管理能力も向上していると思います。

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おもてなしについては、いわゆる昔ながらの旅館スタイル、例えばサービス人員を多めに配置して、ベタベタサービスをするなど、時代にそぐわないと考えられる部分は思い切って変えています。今インタビューを受けている、このカラオケルームもそうです。昔は一部屋に一人ずつスタッフが付いてドリンクを作ったり曲を入力したりしていました。でも今は完全セルフ方式。人件費をカットでき、お客様に気兼ねなく楽しんでいただけるスタイルは、今の時代に合っていると思います。

―待遇改善の原資はどう捻出したのでしょうか
銀行の返済や財務面も細かく見直し、効率化を図りました。人手不足といわれる昨今、従業員の待遇改善をすることで安定的な企業経営につなげることは、長い目で見れば金融機関にとってもメリットになりますから。

―バックヤードに貼ってある用紙は何でしょうか
業務改善提案シートです。各部署から毎月最低2枚ずつ提出してもらいます。例えば「従業員用玄関に傘が乱雑に置かれているので傘たてを増やしてほしい」とか、小さなことでOK。採用・不採用の結果は貼り出して共有しており、採用になった場合には提案者にクオ・カードを進呈しています。どんな小さなことでもいいので声を上げられる場所を作って、それを無駄にしないで丁寧に一つずつ検証していくことが重要です。

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このシートのように、従業員が自分の意見を発信できる場は大切です。でもそれと同時に、従業員が接しやすいフランクな経営者が必ずしも優秀とは限らないと個人的には思うんです。適度な緊張感を持ち、感覚や感情でなくて、一人一人の業務を正当に評価してあげたいと考えています。

―飯田常務は今年ご結婚されました。ご自身の働き方で変化はありましたか
意識的に早く帰るようになりましたね。残った仕事は翌朝早く出社して済ませたり、出張の移動中にiPadで片付けたり。デスクに張り付かず、フットワーク軽く行動するようにしています。

目指すのは若い人が働きたくなる温泉街

―合同会社「ミライズ」について教えてください
開湯100周年の2014年に、旅館の若手経営者が共同出資して設立しました。それから毎年1店舗ずつ、空き家や空き店舗をリノベーションして、新潟の名産品や地酒のお店を立ち上げています。温泉街の塀やカーブミラー、ポストを茶色に統一するなど景観整備にも力を入れています。

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―最近は街歩きしている人の年齢が若くなったように感じます
そうですね。若い人でにぎわって、「ここで働きたい」と思えるような温泉街にしたいと思っています。各旅館だけでなく地域全体で盛り上がることで「なんだか楽しそう。自分もここで一緒にやりたい」という気持ちになるような月岡温泉を目指したいです。それには旅館業だけでなく、住民の方、観光協会、行政が一体となる必要があります。

―今後のビジョンをお聞かせください
ミライズでは2020年春にチョコレートの専門店「甘 AMAMI」をオープンします。姉妹店の「蔵」「旨」「田」「香」「米」「実」に続く7店舗目です。小さい温泉街のいたるところにお店があって、ぶらり歩くだけで楽しい街並みにしたいですし、頑張って空き店舗や空き地がなくなるまで続けたいですね。

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仕事について「とにかくスピード重視。できる限り最速で、自分が出せる最高のクオリティを常に提供することが信条です」と話してくれた飯田常務。仕事は行動するまでの時間が短く、シンプルなほどコストを抑えられると考えているそうです。善という小さな一歩を積み重ねることで、従業員の変化、旅館の変化、そして温泉街全体の進化へと、その輪を広げていきたいと話してくれました。


【プロフィール】
1982年生まれ、新潟県新発田市出身
獨協大学卒業後、通信系ベンチャー企業や外資系メーカー、神戸市の有馬温泉のホテルで勤務。2010年、ホテル泉慶取締役、2013年から常務取締役。


【会社情報】
株式会社 ホテル泉慶
設立 1967年(昭和42年)
資本金 4,600万円
従業員数 約300名(パートタイマー含む)
事業内容 ホテル・旅館業
URL https://www.senkei.com/(公式サイト)

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