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手元に「日本旅館の責任とサービス」というA4サイズで6ページのモノクロ印刷の冊子がある。
1996年9月発行と印字されており、元々の原稿は城崎温泉で古くからある旅館の先々代が執筆されたもので、その方の没後、先代の方が冊子として発行されたものらしい。もう何年も前にその老舗旅館に営業同行した際に良かったら読んでみてください、と頂戴したものだ。

内容は将来の日本の姿を予見しつつ、これからどういう旅館経営が求められ、どういったサービスが必要になるか、ということを旅館経営者の立場から豊富なエピソードと共に説いている内容となっている。

ページ数こそ少ないものの中味が非常に濃く時々書類ケースから出して、何度も読んでいる冊子で、紙こそ黄ばんできているものの、その中身は一切色褪せることの無い素晴らしいものだ。

「旅館は、ロマンと文化を忘れてはならない。」という書き出しで始まり、さまざまな対策以前に、貫き頑固に守り繋げていくべき企業哲学の大切さを説く「企業理念の確立」、アメリカにおけるホテルの歴史に触れつつ日本旅館の経営に生かせる成功するためのポイントをまとめた「ホテル経営の特殊性」、そして日本における旅館の歴史と共にいかに地域特性を生かし、個性のある旅館を目指し、経営者自らがハンドリングすることの大切さを熱を持って伝える「旅館業の問題点」、そして本冊子の中心である「顧客の創造」と「旅客のニーズ」に続いていく。



ちなみに本冊子に記されており、決して特別なことではなく当たり前のニーズとされているのが、以下の6項目である。

①   玄関に着いた時、「お待ちしておりました」とあたたかく迎えて欲しい
②   おいしい料理を食べたい
③   清潔な部屋で、清潔な寝具で寝かせて欲しい
④   依頼したことを確実にして欲しい
⑤   付近の観光、料理等についての商品知識を持った対話が欲しい
⑥   帰る時もあたたかく見送って欲しい

確かにこう見てみると、ひとつ一つは決して難しいことでも、高額なコストを必要とすることではない。

しかしながらこの6つを、いつでも、同じように、確実に出来ているか、と問われると自信を持って「出来ている」と言い切るのはなかなか容易ではない施設も多いのではないか。

時代のニーズは変化し、必ずしもコミュニケーティブなおもてなしを望んでいない層も多いように感じる。しかし、この6つがしっかり意識され、もてなしとして根付いていることが、機能性に切り込んだ「ホテル」と、感性も大事に捉え文化性も意識している「旅館」との大きな違いなのだと気づかされる。

この後、この冊子は「サービスの問題点」と続き、改めて「サービスとは何か」という定義、「サービスの生産性」、「サービスのコスト」、そして「サービスとコミュニケーション」がまとめられている。

中でも「サービスとコミュニケーション」の項目は、「サービスはコミュニケーションの良否により決定される」という信念に基づき、最も重要なセクションとして「フロント」を掲げ、人は5分で20%を、30分で80%を忘れる生き物であり、メモや復唱、報連相の重要性を伝え、良い情報よりも良くない情報を重視すべきこと、誰にでも分かりやすい表現で発信する大切さなどが記されている。



繰り返すがA4サイズで6ページの短い冊子である。が、その中には旅館経営者の視座だからこその強みを持った表現で、旅館経営について留意すべき点が、高い熱量と共に述べられており、それは今の時代にも十分通じる内容だ。

先々代は代々続く経営者としてこれから先も旅館経営に大事なことを書き記し、残されたものと思われるが、この宿は現在でも城崎温泉を代表する老舗旅館として、今のようなインバウンド客が多くなるずっと以前から欧米、特にフランスなどヨーロッパからの宿泊客を数多く取り込んでいた風情ある本館と、グランドホテルスタイルで飲食利用も多い新館、2つの趣きの異なる宿泊施設を運営されており、こうした考え方に基づいた経営がしっかり根付いていることを感じる。

時代はどんどん変化している。近年、デジタル・コミュニケーションの広がり、DX化などにより、そのスピードはますます加速している。ただその真ん中にある「本質」の部分は、実は大きくは変わっていないことを、この冊子は教えてくれる。

学ぶこと、インプットは非常に大切であり、その重要さは誰もが疑う余地はない。しかしながら、それを実践すること、そしてそれを持続させていくことこそ、最も重要なことであるという事実を、この冊子やこの宿は強く伝えてくれる。

「学び且つ行う者は必ず成功する。」自慢ではないが、この言葉は勤務先の先代であり創業者が残してくれたものだ。先人たちが遺してくれたそうした想いを大切に繋げていくことが、サステナブル経営には欠かせない。今を追いかけ過ぎず、時には原点に立ち戻ることも大切である、と改めて思う。



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