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心に刻まれた温泉体験を綴る

プラットフォームをnoteに移行して以来、ビジネスだけでなく旅行や温泉に関心を持つ幅広い読者がさまざまな記事に目を留めてくれることをうれしく感じている。そこで今回の「或るプラ」では、ビジネスユーザーも意識しつつ、自らが体験した温泉や大浴場で特に心に残るものを綴ってみたいと思う。

ご存じの通り、インバウンド観光客は引き続き好調で、最近新幹線に乗車する際には日本人よりも外国人観光客が多い車両に乗り合わせることが少なくない。利用客が多い時間帯には、大きなスーツケースを持った外国人が通路にあふれ、ホームを歩くのも難しい事態に遭遇することすらある。

ある調査によると、台湾からの旅行者の約78%が1年以内に再び日本を訪れたいと回答しているという。アメリカからの旅行客でも半数以上が1年以内にまた訪れたいと答えているそうだ。そんな中、台湾からの旅行客が次の日本旅行で訪れたい場所のトップに挙げているのが「温泉」である。台湾には100か所を超える温泉地があり、温泉文化が根付いている土地柄。そんな背景を考慮しても、温泉がインバウンド客にとっても、大きな旅の魅力のひとつであることは間違いない。また、訪日回数が重なるにつれ、都市部を中心にした旅行から、より日本文化が色濃く残る地方へと旅行の目的が深まり、過ごし方も多様化していることが明らかになっている。

こうした中、多くの旅館やホテルに求められているのは「個性化」や「オンリーワンの魅力発信」ではないだろうか。生活水準の向上に伴い、客室や館内設備が非常に整えられ、一定以上の水準を満たす施設が増えている。料理についても、地産地消をベースに旬の素材を取り入れ、その施設ならではの料理を追求しているところが多い。しかし、個人的な記憶に鮮烈に残っているのはやはり「温泉」だ。もちろん清潔感があり、広々とした大浴場や露天風呂は確かに万人にとって心地良い。しかしながら「心に刻まれた温泉」は、必ずしもそんな整った施設ばかりではない。

一口に心に刻まれた温泉体験と言っても、そのパターンはさまざまだ。宿泊施設ではなく日帰り温泉施設だが、静岡市の北部、いわゆるオクシズエリアにある入浴施設はとろみを感じる独特のお湯が特徴。露天風呂から間近に迫る山々の彩りを眺めながら、滑らかですべすべの温泉を堪能できる。この時期に訪れると、湯上りどころの広間にストーブが焚かれ、湯上り後も身体を冷やすことなく、のんびりとした時間を過ごすことができる。

もう30年以上前に訪れた九州にある「杖立(つえたて)温泉」も忘れられない場所のひとつ。熊本県の山間部に位置し、ほぼ大分県との県境に近い場所にある。決してアクセスの良い場所ではないが、ここの「蒸し湯」という天然のサウナがとても印象に残っている。個人用の箱湯に首だけを出して入浴するスタイルの施設や、広い空間にすのこが渡され、その上に広げられたむしろに座ったり寝転んだりできる。約98℃という高温で湧出される源泉を流し、その立ち昇る湯気を浴びる形式は他に類を見ないものだった。

自分が利用した宿の蒸し湯は後者のタイプで、厚い木の扉を抜けて入室すると、薄暗い空間が広がっており、そこに自由気ままに座る形だった。貸切状態だったため、同行者とくだらない話をしながら過ごし、立ち昇る蒸気に蒸され、じんわりと温まっていく湯に触れずに楽しむ温泉体験は、新鮮でとても魅力的なものだった。

那智勝浦の海沿いに位置する宿の天然洞窟風呂も、特別な体験だった。少し長い導線を辿って行くと、天然の洞窟の一部が浴場となっており、その先に海原が広がっている。自然の景観を活かしたダイナミックでスケール感に満ちた野趣あふれる温泉で、日が暮れると海が見えなくなるので、夕暮れ時や朝方など、少し暗い時間帯に入浴するのがおすすめだ。人の手で作られた美しいお風呂とは正反対の、まさにここにしかないオンリーワンの温泉で、非常に思い出深い体験だった。

老舗旅館ではないが、南伊豆の弓ヶ浜という美しい曲線を描く浜辺の先に位置する宿の露天風呂も趣きのある施設だった。この宿の露天風呂は大浴場から続いており、木々も多く植えられ、ほのかな潮風を感じながら肌馴染みの良いお湯に包まれた。露天風呂に繋がる庭の一部に水盤が置かれ、日のある時間帯に入浴すると野鳥がその水盤で水浴びをする姿を見ることができた。

さらに、ちょうど日の出の時間帯に入浴すると赤く染まる富士山の姿をお風呂に浸かりながら眺められる山梨県の宿や、朝早くに露天風呂に入浴していると道後温泉本館の開館を伝える太鼓の音が聞こえてくる道後温泉の宿、一つの宿で複数の泉質を楽しめる箱根や有馬温泉の宿など、そこでしか味わえない温泉体験を提供している宿は数多く存在する。

日帰りでの入浴も楽しめるが、本当の温泉の楽しみはやはり宿泊して、時間を変えて何度も入浴することにある。美味しい食事や良いお酒は宿泊しなくても楽しめるが、夕に、深夜に、朝方に、と好きな時間に好きなように入浴し、贅沢に時間を過ごせる体験こそ、宿に宿泊する大きな魅力である。

もちろん、すべての人が温泉好きとは限らないが、これらの思い出深い温泉に出会うたびに、ああ風呂好きで良かったと改めて感じる。環境や立地など、すべての宿が魅力的な温泉を提供できるわけではないが、こうした個性的な温泉やそれを楽しめる宿がこれからも続いていってほしいし、世界中の人々にもその魅力を肌で感じてほしいと心から願っている。


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