私たちはこうして新型コロナショックを乗り越えた。一斉休業から再開まで 〜新潟県月岡温泉の事例〜
【今リポ!】今、伝えたい!最前線リポート- Vol.001
月岡温泉ホテルひさご荘 代表取締役
月岡温泉観光協会会長 月岡温泉旅館協同組合理事 小竹英之
旅館・ホテル業界に大打撃を与えた新型コロナウイルス。そんな中で温泉街が一体となって休業を宣言し、水面下では再開に向けたキャンペーンの準備を粛々と進め、営業再開直後から大きな反響を得た温泉街があります。
今回は、冷静な判断と迅速な行動で新型コロナに対応した新潟県の月岡温泉にフォーカス。同温泉旅館協同組合理事で「ホテルひさご荘」の代表取締役、小竹英之さんに当時の心境やアフターコロナに向けたビジョンをうかがいました。※長文の記事となります。貴重なお話につき、ほぼノーカットで掲載しました。
本文に入る前に 、主な出来事を時系列で振り返ります。※青文字が月岡温泉街の動きです。
【新型コロナウイルス発生以降の流れ】
1月6日 中国・武漢市 で原因不明の肺炎
1月14日 WHOが新型コロナウイルスを確認
1月16日 日本国内で初の感染確認
1月末〜 台湾からのツアーキャンセルが出始める
2月3日 クルーズ船 横浜港入港
2月下旬 月岡温泉旅館協同組合 幹部緊急会合/新発田市に宿泊費補助の特別予算を打診
2月27日 安倍首相 全国の小中高校に3月2日から春休みまで臨時休校要請
2月末〜 日本人旅行者のキャンセル急増/キャンペーン用新聞広告枠確保
3月中旬 新発田市臨時議会にて補正予算が成立するも感染拡大の状況を踏まえ新聞広告延期
3月24日 東京五輪・パラリンピック延期が決定
3月下旬 4月1日の新聞広告掲載を企画するも再度延期
4月7日 7都府県に緊急事態宣言
4月16日 緊急事態宣言 全国に拡大(5月6日まで)
4月21日 月岡温泉旅館協同組合 加盟旅館・ホテル一斉休業宣言(4月25日から5月6日まで)
5月4日 緊急事態宣言を5月31日まで延長
5月15日 新潟県を含む39県の緊急事態宣言を解除
5月16日 月岡温泉再開宣言 「1万円お値引き今得キャンペーン」新聞広告掲載 WEB広告スタート
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キャンペーンの成果
※参考:当社実績による一般的なクリック率(CTR)/Facebook広告:1.00%(Facebook面+Instagram面+Audience Network面)、Facebook広告/Instagram:0.40%(Instagram面のみ)※当社実績より算出した平均値に経験値を加えた推定値であり、結果を保証するものではございません。
危機感の増大と同時に補助事業を要請
―今回の月岡温泉のキャンペーンは、県内の他の温泉地からも「すごいよね」と称賛の声が上がっています。他ではキャンペーンの話は出ても、なかなかまとまらないのが実情のようです。そんな中で月岡温泉はいち早く市に働きかけ、予算を取り付けました。気持ちが落ち込んでしまっていた世の中の経営者にも大きな勇気を与えたと思います。改めてこれまでの流れを振り返っていただけますか。
はい。まず1月末から2月にかけて、台湾のツアー客のキャンセルが出始めました。でもその時はまだ対岸の火事というか「ま、しょうがないよね」という感じで。2月になって東京、大阪、北海道で感染が広がって、それでも業績に深刻な影響はなかったので「よそは大変だね」という程度でした。
潮目が変わったのは安倍首相 が全国の学校に休校要請を出してから。もともと2・3月の予約状況は良かったのですが、そこから鳴る電話鳴る電話すべてが予約のキャンセルという状況でした。
その少し前に、飯田くん(同温泉『ホテル泉慶』常務取締役)に電話していたんです。「そろそろ新潟もやばそうだね」と。その日の夜、旅館組合理事長で「村上館湯伝」の斎藤社長も交え、温泉街の寿司屋で飲みながらいろいろ話しました。
早めに動かないと取り返しのつかないことになるということで、その翌日に新発田市の観光課担当者と市議に掛け合いました。現在の状況を伝え、最悪の場合は雇用を守ることも難しくなるかもしれない。だからある程度状況が落ち着いた時すぐに行動を起こせるよう準備しておきたい。
そのための特別予算を組んでほしいと打診したんです。市長への陳情も行ない、その後3月半ばの臨時議会で補正予算が通り、1組1万円の宿泊補助金を5,000組分出してもらえることになりました。
―飯田常務から「3月15日の議会で通るはずだから、すぐに出せるよう新聞広告の枠を押さえてほしい」と連絡をもらったのは2月末のことでした。
そうですね。4月以降もいつ出してもいいように準備を整えていました。けれど状況はどんどん悪くなって、こんな時に世の中に逆行して「月岡温泉に来てください」とは言えない状況でした。
3月の議会後、4月1日、GW明けと3回に渡って広告掲載を狙いましたが、いずれも緊急事態宣言の発令や延長で見送り。ようやく最初の広告を打てたのが5月16日でした。
それと同時に、4月に入ってからかなりの旅館がすでに休業するか、休業を悩んでいる状態でした。そこで各旅館にヒアリングし、旅館組合として4月25日からGWいっぱいの5月6日まで一斉休業しようと決めたんです。
―温泉街全体で一斉休業のニュースはインパクトがありました。
旅館全部がまとまって休業しますと宣言したのは、県内でも月岡が唯一ではないでしょうか。結果的に一斉休業になったところはあっても、きっちり休業を表明したのは月岡くらい。それでメディアが密着のような感じでニュースに取り上げてくれました。
静まり返る温泉街、休業中も清掃に励むスタッフ、常連のお客さまに手紙を書く女将の姿…休業から再開に向けた一連のストーリーがテレビや新聞で報じられ、それも今回のキャンペーンが爆発的にヒットする要因になったと思います。
5月15日に当館を含めた3つの旅館が再開したのですが、その時は朝からテレビ局が取材に来てくれました。その日の昼のニュース、夕方のニュース、夜は全国放送の報道ステーションでも映像が流れ、他のほとんどのローカル局にも取材していただきました。
組合のまとまりの良さが対応を加速
―温泉街全体のまとまりの良さ、行動の早さの要因は何でしょうか?
物理的に距離が近いことと、組合の加盟旅館も経営者ベースで12人くらいとあまり多くないからでしょうか。昔からの付き合いもあって、コンセンサスを取るのもそれほど難しくないと思います。
―新発田市とのつながりも強いですよね。
それも大きいです。旅館組合の集まりには毎年市長に来ていただいていますし。ただし何か支援を要請する際は「何とかしてくれ」というだけでなく、具体案を出すことが重要だと思っています。「こういうプランで行きたい。ついてはこのくらいの予算が必要だ」と。その方が事務方も現実感があって判断しやすいですよね。
それと新潟は過去に2つの震災を経験しました。実際、月岡周辺はほとんど被害がありませんでしたが、「新潟は危ない」と県外客が激減しました。その際は貸切バスの補助など県外向けの企画を打ちました。そうした過去の経験も、今回早めの行動ができた理由の一つかもしれません。
ただ今回は震災のように局地的ではなく、全国、全世界的なものという点で被害は大きいと思います。
―組合内で役割分担はあるのですか?
私と飯田くんが具体案を考えて、斎藤 理事長は市との交渉役、ネゴシエーターです。代理店対応は主に飯田くんですね。
―5,000組分のキャンペーン補助は、各旅館・ホテルでどう振り分けたのですか?
年間組合費の負担度合いで按分しました。組合費は旅館の規模(客室数)と入湯税(実際の稼働率)をベースに、独自の計算式で出しています。昔は芸者の出入りも加味していたようですが、今は無くなりました。
この計算式による按分は、過去のキャンペーンなどでも使用してきたもの。各旅館とも納得している数字なので、今回もすぐに了承を得ることができました。
やるべき対策をして、過敏にならない
―私は広告のお手伝いをしましたが、キャンペーンが成功するかどうか、正直読めませんでした。
はい。1万円補助は大きいと思いますが、お得だからといって本当にお客さまが来てくれるのか、私たちも懐疑的ではありました。でも何もせずにズルズルこの状況が続くのは嫌で。いざ蓋を開けてみたら予約の電話がどんどん鳴り始めて、しかも「明日行きたいんだけど」という直近の問い合わせが多い。
皆さん心待ちにしていたんだなと思いました。予約は7〜8割が新規。値段のインパクトもあって、新規客を呼び込めたのかもしれません。
―再開後のお客さまの反応はいかがでしたか?
それが客室に設置しているアンケートの回収率がすごくいいんです。普段記入してくれるのは年配層の方が多いですが、若い方もメッセージをくださっている。「こんな状況ですがやっと旅行できてうれしい」とか「不安な部分もあったけど対策がしっかりされていて、従業員の方も笑顔であたたかく接してくれて久しぶりにゆっくりできました」とか、好意的な意見が非常に多いです。「まだまだ大変な状況ですが頑張ってください」というメッセージにも励まされましたね。
―休業期間中の従業員への補償はどうしていましたか?
雇用調整助成金を活用して、6月までは基本給の全額を支払うと確約していました。3月下旬頃にはそう伝えていたので、理解は得られていたと思います。
―確かに従業員の方も穏やかというか、落ち着いていらっしゃいますよね。再開に際してはどのような感染対策をしましたか?
フロントのパーテーションや除菌スプレーの設置、スタッフのマスク着用、食事会場のテーブルの間隔を広く取るなど基本的なことです。もともと旅館や飲食店は公衆衛生や衛生管理が基本業務としてあります。
今回は食中毒と違い、中から出るというより外から持ち込まれる可能性が高いので、消毒やマスクといった基本的な対策をきっちりやれば、過剰におそれる必要はないと思っています。
―話は変わりますが、小竹社長も立ち上げに携わったチョコレート専門店「甘-AMAMI-」が5月29日、温泉街にオープンしました。
当初4月末オープン予定だったのを約1カ月延期しました。最初の週末からドリンクが完売するなど多くのお客さまでにぎわいました。温泉街の活気を取り戻すのになくてはならない原動力の一つだと思います。
―これも地方ニュースや新聞で報じられましたね。
明るいニュースはメディアも取り上げやすい、というのはあると思います。さっきの話に戻りますが、一斉に休みます、と言ったのも一斉に再開します、と言ったのも月岡温泉くらい。ユーザー心理としては当然月岡に目が行きますし、旅館のサイトを1つ1つ見に行くのは面倒ですから、温泉街全体として宣言した効果は大きかったと思います。
このご時世で、メディアの方も取材できるところを探していたようです。シナリオとしては、困難な状況から復活する前向きなストーリーがほしかったようですが、他では後ろ向きなコメントしか取れずボツになったところもあったと言っていました。
それもあって月岡は取り上げやすかったのでしょうね。取材依頼が来た時はこちらも上手く利用させていただく、というしたたかさがあっていいと思います。
接客と働き方のニュースタンダードへ
―5月の稼働状況はいかがでしたか?
実質1週間のみの営業で10〜20室稼働、約33%でした。6月はキャンペーンの効果もありWEB予約に関しては前年同日比100%を超える予約状況となっています。
―国が主導する「Go To Travelキャンペーン」や、じゃらん、楽天トラベルと連動した「『つなぐ、にいがた』県民宿泊キャンペーン」など、今後さまざまな補助事業が動き出しそうです。
そうですね。特に「Go To Travelキャンペーン」 が始まると地域間競争が激しくなると思います。東京や大阪、沖縄など都市部や有名な観光地に人が集中し、知名度の低い観光地は取り残される可能性もあるのではないでしょうか。そう考えると、新発田市などの自治体から長く支援してもらえるとありがたいですね。
月岡温泉、新発田市としては、今のいい流れを継続させたい。全国的な動きが出てきた時に埋もれてしまわないよう、状況に応じて動ける機動性を持って準備しておく必要があると思います。
―今後の方針についてお聞かせください。
キャンペーンの反響で予想以上に多くのお客さまにお越しいただいていますが、まだまだ例年通りに戻ったわけではありません。6、7、8月は休館日を設けて営業しようと思っています。9月末までの雇用調整助成金を利用しながら対応するつもりです。
新型コロナ終息後も、事務職などリモートワークが定着する業種があると思います。この業界でも休館日を設ける旅館が増えるのではないでしょうか。
当館でも新型コロナ以前からあった働き方改革を進め、もし売り上げに大きな影響がないのであれば、週1回くらい休館日を設けることも考えています。それが新しいスタンダードになれば、経営側にも働く側にもプラスになると思うんですよね。
―旅館業は装置産業であると同時に人産業。人が元気でなければ回っていかないですからね。
その通りです。ユーザー目線でも、今は短時間の接客が求められていますが、終息後もそれが定着して「もともとお客さんはそこまで求めていなかったんだね」というのが見えてくるかもしれません。
―インバウンドについてはいかがでしょう。
ほとんどの外国人旅行者は、伝統的なスタイルの接客はそれほど求めていないと思います。浴衣や和室などをほんの少し体験できれば良くて、機能的にはシティホテルのような利便性を求める人が大半ですから。
それに以前から、月岡温泉のインバウンド集客は それほど多くありません。それはインバウンドを拒んでいるのではなく、日本で月岡温泉を知っている人がまだまだ少ないからです。
旅行業界、広告業界では少し知られているかもしれませんが、一般的には「新潟=湯沢」のイメージがまだ強いと思います。「新潟の温泉といえば月岡」と思ってもらえるように成長するというのが、私たちの目指す方向性です。
どうしたら日本人のお客さまに満足してもらえるか、喜んでもらえるかを考え、今まで以上に進めていきたいです。日本での知名度が高まってきたら、自ずと外国の方にも来ていただけるはずですから。
―力強いメッセージをいただきました。本日はありがとうございました。
月岡温泉が今回のキャンペーンを成功できた理由。それは世の中や業界の「何となく不安」なムードに巻き込まれることなく、自分たちの気持ちやビジョンをしっかり持って対応したことが大きいのではないでしょうか。
「まずは国内で知られる温泉地になる」という目標に向かって邁進する月岡温泉に、今後も注目したいと思います。
【プロフィール】
1974年7月生まれ、新潟県新発田市出身
日本体育大学卒業後、ホテル専門学校の経営者コースで修学し、ホテルひさご荘に就職。神奈川県の営業会社に出向ののち月岡温泉に戻り、2000(平成12)年に正式にホテルひさご荘を継承。2014(平成26)年に合同会社ミライズを立ち上げ。2017(平成29)年に月岡温泉観光協会会長に就任。旅館経営の傍ら、月岡温泉街の活性化に向けて活動している。
【合同会社ミライズ】
2014年、月岡温泉の若手経営者の共同出資で、運営会社 合同会社ミライズを設立。「歩いて楽しい温泉街」をテーマに毎年1軒空き店舗や遊休地を利用したセレクトショップを立ち上げるなど、街づくりに尽力。2019年「第1回先進的まちづくり大賞」の最高賞にあたる国土交通大臣賞を受賞。2020年6月10日発表、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)主催の第23回「人に優しい地域の宿づくり賞」、最優秀の厚生労働大臣賞を受賞。
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※2020/06/15公開の記事を転載しています
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