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旅館×農業というユニークな取り組みを通して、地域活性化を推進する。

Vol.018 湯田中温泉 和風の宿ますや 代表取締役 宮崎憲一郎さん

北アルプスを一望する絶景を誇る湯の郷として千年以上の歴史を誇る信州・湯田中温泉。

観光と農業という地域の産業の柱に新たな力を加えるために、5軒の旅館経営者が2020年7月に「株式会社ヒューマンアグリ」という会社を立ち上げました。

そのメンバーのお一人である、和風の宿ますやの若き経営者宮崎憲一郎さんに、ユニークな取組みを通して見据えている湯田中温泉の将来像や、具体的な活動内容などについてお話を伺いました。


-全国的にもユニークな取組みとして、「株式会社ヒューマンアグリ」を設立されましたが

株式会社ヒューマンアグリは、そもそもはコロナ禍の直撃を受けて私たちの本業である旅館の客数が激減している中で、どう対策をとったらいいのかを検討することからその動きが始まりました。

そんな中で、この問題は旅館単体だけではなく湯田中のもうひとつの産業である農業を絡めた地域ぐるみで解決策を見出していく必要があるのではないかという方向性になっていったんですね。

農業にも遊休農地の今後の扱いや、後継者の問題、また喫緊の課題である人手不足など様々な問題があります。特に後継者や人手不足の問題に関しては旅館もまったく同じ悩みを抱えていますし、またこうした問題はもはや旅館単体では解決できないものになってきていると感じます。

そこに業界をまたぐヒューマンアグリのような会社があれば、例えばお客様の多い週末は旅館で働き、平日は農業に従事するなどの自由なワークスタイルを実現でき、これが人手不足問題の解決の一助になるかもしれません。

また観光業が持つ「人を呼び込む力」を農業振興にクロスオーバーさせることで、これまでは見えていなかった新たな打開策がもしかしたら見つかる可能性もあるでしょう。

私たち地元出身者にとって農業はもちろん身近な存在なのですが、でも実際にはこの分野の方々との人的交流やネットワークはこれまでほとんどありませんでした。ですから私たち旅館と農家の皆さんとが親密な交流ネットワークを構築することによって、観光と農業という地域を代表する2つの産業の架け橋のような存在になれたらいいと思っているんです。


-2022年には「農業体験×温泉旅」の体験型ツーリズムを実施されました

コロナによって旅館が受けた特に大きなダメージは、インバウンドの消滅、そして長期滞在のお客様の大幅な減少でした。そんな中でお客様に2泊以上してもらうためには、これまでとは根本的に異なった「新たな体験の旅」を提供する必要がありました。

一方で、私たちが今持っているものは何かと考えると、まず農地がある、温泉宿もある。さらには旅館所有のバスを貸し切り運行して観光客を送迎することもできるなど、農業をテーマに据えれば、長期滞在の新たな旅行プランを開発するための資産はほとんど整っていたわけです。

そこでコロナ関連の補助金の支援を受けて立ち上げたのが、2泊3日の農業体験ツアー企画です。

募集に関しては、各旅館からの情報発信、ヒューマンアグリを中心としたネットワーク、またSNS広告など、使える限りのツテを活用して、地道に展開していきました。

具体的なツアー内容は、お客様に金曜に各旅館にチェックインしていただき、翌日土曜に目玉となる農業体験イベントに参加いただき、日曜日はゆっくりとチェックアウトしていただくという流れです。

土曜日の農業体験では、地元の農家の方々に監修・ご協力いただきながら、リンゴの収穫を楽しんでもらうとともに、農機具を実際に動かしてもらう体験や、地元の産物満載の地元メシや、子供向けにソリ体験など、可能な限りの催しを用意しました。


-テーマとして「ゼロを1にする」ことを掲げられていますが

このイベントでは旅館としての短期目標として連泊客数を3%上げることを掲げ、また中長期的には「農業っておもしろい」「このまちなら豊かな体験ができる」と感じてもらうことで、山ノ内という地域への関心をより深めてもらうことを目的としました。

「ゼロを1にする」というのは、さらにその先に「農業をやってみたい」「山ノ内に移住したい」という人が一人でも出てくれば、それこそがヒューマンアグリを立ち上げた意義になるのではないかという願いを込めたものです。

コロナの影響下何もせずにで手をこまねいていればゼロはゼロのままです。しかしこの体験ツアーを機に、もしも一人でも湯田中に来てくれる人、農業を始めてくれる人がいれば、地域活性化プロジェクトの第一歩としてこのイベントを開催した意味があると思うんです。


-旅館としての高付加価値化にもつながるわけですね

そうですね。これからの旅館経営のテーマは「高付加価値化」にあります。

今回のイベントでも、各回の参加者数を合計すると約220名ほどになるのですが、アンケート結果でも老若男女を問わず、その9割以上のお客様からは「高台の農地から見渡す風景が最高だった」「ふだんは体験できない農業をとても身近に感じることができた」「自分で収穫したリンゴが美味しかった」「広大な自然の中で食べる地元メシで、非日常感を満喫できた」などなど、とても好意的なご意見をいただくことができました。

都市部では趣味として週末農業を楽しむようなライフスタイルも珍しいことではなくなっていますし、「土」にふれたい、自然の中で過ごしたいという潜在的なニーズは非常に大きいものだと思っています。

しかしその一方で、実際に農業をしたことのある方は非常に少ないはずです。興味があるのに、その機会がない。そこに農業体験の機会を提供することができれば、これは旅そのものを高付加価値化することになりますし、同時に新たな一大マーケットとしても捉えることができるのではないかと思っています。

従来のように旅館というワク組みの中だけで考えている限り、こうした新しいマーケットに気づくことは難しかったと思うのですが、実際にイベントを運営してみて初めて気づかされたことも多く、私たち自身が旅館の高付加価値化をとは何かを改めて考え直すことにもつながりました。


-ユニークな取り組みとして全国的な注目を集めましたが、地域に与えた影響は?

旅館と農業という組み合わせがユニークだったことから、おかげさまで多くのメディアにも取り上げていただき、暗いニュースばかりの中にあって「山ノ内が何か新しいことをやっている」と、町の名前と元気さをアピールすることはできましたので、第一回の催しとしてはまずまずの成果を挙げられたのではないかと思っています。

それと同時に、お客様の導線にもっと工夫ができたのではないか、もっと地域全体を巻き込むために多方面での根回しや準備ができたのではないか、など様々な課題も見えてきました。

今回は冬の開催でしたので、次回は例えば「自然の中で朝食を食べ、畑の中でゆっくり過ごす」など、非日常空間での滞在そのものを楽しめるような企画なども検討しています。

いずれにしても今回以上に多くの参加者を募り、また満足度の高いイベントとして盛大に開催できるよう、緻密な計画立案を図っていきたいですね。


-今後の展開と地域おこしの目標についてお教えください

まずは「週末農園のような体験ができるまちであり、旅館である」ということを、この地域ならではの魅力として広め、また定着させていきたいと思っています。

これまでのように「旅館に泊まってください!」という姿勢ではなく、都会からさほど遠くないこの地で「農業体験がしたい」という方が増えて、その結果として旅館を利用してくれたら、それが地域にとって最も良いことではないかと思います。もちろん最終的には山ノ内町に住んでみたいという方が一人でも多く現れてくることが理想です。

移住定住促進は全国どこの町でも取り組んでいますし、それがなかなか難しい問題だということもわかります。しかしゼロをゼロのままにするのではなく、また町や県に任せっきりにするのでもなく、私たち民間ができることを自発的にやっていくという姿勢や動きこそが重要なのだと思います。

デジタル化や高速通信の整備によって社会環境が大きく変化している今は、都会にいなくてもできることがますます増えてきていますし、また逆に田舎でしか体験できないことにも注目が集まり始めています。

こうした点をフィーチャーし、山ノ内から全国に広く発信することで、山ノ内出身の子供が「ここに帰ってきたい!」と思えるような地域を形づくっていくことが、私たちの最大の役割なのではないかと感じています。

■プロフィール
ますや有限会社 代表取締役 宮崎憲一郎
2013年ますや有限会社に入社し、2015年に代表取締役就任。
信州の名湯・湯田中温泉の老舗「和風の宿 ますや」の6代目として、新たな時代の旅館のあり方を追求するとともに、株式会社ヒューマンアグリのメンバーとして農業と観光業を結び、持続可能な地域産業の振興発展に尽力している。

▶和風の宿 ますや
▶株式会社ヒューマンアグリ

※2022/09/30公開の記事を転載しています


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