観光発想系マーケティングプロデューサー・前 好光氏に訊く、旅館ホテルの「これからの戦略」
Vol.021 合同会社FRONTLINE代表 前 好光さん
2023年も早2か月余りが過ぎ、インバウンド回復の動きなど、これまで低迷を余儀なくされてきた観光業界にもいよいよ明るい兆しが見え始めてきました。
そこで今回は、2019年までとコロナの3年間を通して、様々な価値観や環境が大きく変わる中で、旅館ホテルとしては今後どのような観光戦略や地域戦略を練るべきなのか、また企業として今何をすべなのかなど、これからの取り組みのヒントとなるお話を観光発想系マーケティングプロデューサーの前 好光さんにお聞きしました。
-コロナ前から現在に至る中で、旅館ホテルを取り巻く状況をどのように捉え、また分析されていますか?
他の多くの業種と同じ視点から観光産業を捉えてみると、コロナでフォーカスが当たる前からすでに長年にわたって構造的な問題を抱えていたと感じられます。
具体的に言うと、ひとつは旅館やホテルは人手に依存せざるを得ない産業であることから、労働集約産業という体質から脱却できていないという点です。
そしてもうひとつ、時代と市場の変化に柔軟に対応した取り組みが遅れていた点も課題として挙げられます。特に旅行会社やOTAとの関係においてそれが顕著です。
旅行会社やOTAによる集客には功罪あるかと思いますが、確かなことは、単体の旅館やホテルが持っていなかった「企画力」「マーケティング力」というピースを埋めていたのが旅行会社だったという事実です。
近年は旅館ホテルが独自に企画立案をすることが主流になってきましたが、顧客ニーズを把握しきれていない旅館ホテルが立案する企画はともすれば施設側の都合を優先したいわゆる「プッシュ型マーケティング」となってしまい、これが時代や市場とうまくマッチしていないという状況が起こっています。
これから地域人口も減っていく中で、旅館ホテルが活性化するためには、どうやってマーケティング力を高めていけるかが大きなポイントとなるでしょう。
-コロナ禍の中、旅館ホテルは近年に類のない大きな危機にさらされました
コロナ禍の3年間、旅館ホテルはその大きな衝撃にどう対処するかに翻弄されてしまいましたが、中長期的な視点から見るとこの期間は根本的な経営課題について見直し、また解消することのできる貴重なチャンスでもありました。
コロナの期間中は業績が低迷し、GOTOなどの国策によって何とか救われたという施設も数多いと思いますが、この施策はあくまでもカンフル剤であり、根本的な体質の改善にはつながらないものです。
またこの施策によって、消費者心理に「もっと安く!」という安値のバイアスがかかってしまったという副作用も見逃せません。
一時期の活況を手にした代わりに、旅館ホテルの品質に対してその価格が果たして適正なのかどうか、お客様自身が判断のための基準を失ってしまったというのが、今のマーケットの状況だと言えるでしょう。
-これから期待が寄せられるインバウンドに関しては、どんな手を打つのが効果的でしょう?
もともと日本の観光地には京都を筆頭とする一種の序列のようなものを漫然と感じている方も多く、特に地方の観光地や自治体の方ほど「あそこには負けても仕方ない」とその序列に甘んじてしまっている傾向が高いように感じられます。
しかし広い世界をターゲットとするインバウンドにおける実態はその逆で、思い込みの中にある序列を破壊することが可能なのです。
実際にこれまであまりスポットの当たらなかった地域や観光資源が、インバウンドを機に急激にその注目度を上げるなど、いわゆる下剋上のような事例も、すでに多々登場してきています。
その意味でもこれまでの固定観念を捨てて、「自分が売りたいもの」ではなく「売れるもの」は何かを考えてみるべきことが重要です。
漠然と広い世界を相手にすると考えると焦点を絞ることも難しいので、例えば特定の国の人をターゲットに想定してみてはいかがでしょう。
日本には多種多彩な観光資源があり、またそれぞれ特色を持った地域が数多くありますから、タイの観光客に絶大な支持を誇る地域や、ベトナムに対しては強力なアドバンテージを持つ強い地域など、それぞれの個性があっていいはずです。
その視点で地域の特色を活かせる戦略を実施すれば、昨日まで無名だった地域がいきなり人気上位にランキングされるということも決して夢ではありません。
繰り返しになりますが、肝心なのは施設や地域の都合による「プッシュ戦略」ではなく、あくまでも旅行客の目線に立って「支持されるもの・売れるものは何か」を最優先することです。
例えばですが、帰国前の空港の土産店でどの国の人に何が売れているのかなどを眺めているだけでも、ヒントや気づきがあったりするのではないでしょうか。
-旅館ホテルにとっては、人手不足も悩みのタネですが
私は「日本で観光を学びたい」という留学生に学校で教えていて気づくことがあります。それは、彼らがイメージしている日本の観光地とは国際都市である東京を舞台としたイメージが強いということ。
それ以外の地域についてはほぼ認知がなく、情報も少ないんですね。
この現実は、これまで業界側が彼らの存在に注目したり、アプローチして来なかったという結果がもたらしたものだと思います。
実は彼らの持つポテンシャルは非常に高く、また日本を外側から見る視点を持っています。さらに、日本人にはない斬新で魅力的なアイディアや、日本人の若者よりSNSリテラシーが高い一面もあり、一種のインフルエンサーとしての素養も持っています。
こうした新たな人材に注目し、アプローチを図れば、従来とはまったく発想が違う優秀な人材が豊富に手に入り、旅館ホテルのブレークスルーにもつながるはずなのです。
国内の旅館ホテルはこれまで日本ならではのやり方を重視してきましたが、これから求められるのは、日本向け・海外向けの別のサービスを用意することではなく、世界標準での共有サービスモデルを基準とした上でそこに「旅館らしさ」をどう盛り込んでいくかということでしょう。
その意味でも、国外からの視点で日本の観光業を見ることのできる人材の導入には、人手不足の解消にとどまらない大きなメリットがあるのではないでしょうか。
-原価の高騰も旅館ホテルの経営に大きな影を落としています
これも先の人材と同じように、こちらの考え方を変えることで改善できる余地は十分にあると思います。
例えば日本の宿では豪華な食事がテーブルに並び、それが非日常的なハレの演出となっていますが、ふと振り返って考えると、果たしてこの飽食の時代に本当にそれだけ大量のボリュームが必要なのでしょうか。
もしかするとそれは、戦後の貧しい食事事情の時代から漫然と引き継がれてきた思い込みに過ぎないのではありませんか?
食の志向が多岐にわたり、またアレルギーや食品ロスなどの問題も顕在化してきていることを考えると、旅館ホテルの食事事情とは、実は「高いお金を払って、あえて地球に優しくないことをしている」状態なのかもしれません。
子どもたちの学校でも環境意識を高める教育が当たり前になったりと、お客様自身の考えも以前とは大きく様変わりしています。
そんな社会の中で、サービスを提供する側の旅館ホテルだけが取り残される状況になれば、お客様からの支持はとてもおぼつきません。
例えば自館内で食事を提供しなくても、周辺の飲食店を利用してもらうこともできるでしょう。旅館ホテルにとって「食」を手放すのは確かに抵抗がありますが、効率とお客様の支持を最優先すればこうした施策も検討に値するのではないでしょうか。泊食分離の新たな役割を意識すべきです。
大切なのは目先を変えただけの細々した施策を立案することではなく、現状を客観的に捉えなおすことです。
視点を変えれば、これまでは見えなかった問題点がくっきりと浮かび上がってくると思います。
-これからの隆盛に向けて、旅館ホテルが今考えるべきことは?
人手不足にも原価の高騰にも共通するのは、気づかないうちに囚われている思い込みから脱し、新たな視点で潜在的な「ムダ」を見つけ出すことです。
例えば業務の効率化によって人手不足の解消に大きく役立つDXが、こと観光業においてはマーケティングや集客面などの市場対策に偏っているように私には感じられます。
従業員に対して細かなマニュアルやサービスガイドを作っていると思いますが、DXを導入すれば、従業員がそれを身につける労力と時間をまるごとカットすることができます。
旅館ホテルにとって、コストを抑えながらサービス品質を向上させることが理想だとすれば、AIなどを便利に活用することも近道だと言えるでしょう。内部のプロセスにDXを活用する意識が必要です。
また観光DXに取り組むことによって、労働集約型の産業から知識集約型の産業へのシフトが実現できれば、ここまでにお話した課題の多くが解消できると思います。
-外からの視点で、改めて地域の観光や、自館の魅力を発見するわけですね
地方の人からすればごく当たり前の日常が、都会の人にとって最大の観光資源になる…。こうしたケースには私もこれまで何度も出会いました。
そしてインバウンドを機に、内側の視点からでは気づかなかった魅力や欠点を再認識する、そんな機会が目に見えて増えてきています。
LGBTQへの対応や、格差から生じる子供たちの「旅の貧困」問題など、社会と消費者の環境はますます多様化しています。これまで「ハレ」の部分にしか観光はその力を発揮してこなかったように思います。
外目線で改めて日本の良さを認識し、その力を的確なアプローチでより多くの方に知らしめることが重要だと思います。
言葉にすればシンプルなことですが、観光産業全体がその本当の力と価値を社会全体に向けて示すことで「観光ってやっぱりすごい!」と感銘を受ける人々が増えていけば、市場がもっともっと活性化するのはもちろん、旅館ホテル業界に強い魅力を感じる人材も確実に増加していくことでしょう。
私はそれこそが、グローバルな視点で考えることの真価なのではないかと思っています。
■プロフィール
前 好光さん
合同会社FRONTLINE(FRONTLINE.GK)代表
観光発想系マーケティングプロデューサー
観光情報学会会員
東京国際大学国際関係学部 講師
1988年より約20年間JTBグループに属し、広告・販促・教育研修・新規事業開発・観光活性・地域振興に関わり、グループ内のシンクタンクを設立。副所長を経て、2007年に独立し現職に。
地域に眠るコンテンツ資源を見極め、地域性や伝統・文化などを意識したゼロからのコンテンツ創造、リサーチ、インナーモチベーションのアップやコミュニケーションまでをワンストップでプロデュースする手法によって、自治体から観光協会、商工会議所や地域組織・民間企業等までの多様なクライアントニーズに対応。数多くの地域振興計画、プロモーションプラン、交流コンテンツや地場産品の開発などの実績を持つ。
▶合同会社FRONTLINE公式サイト
株式会社エイエイピーは、地域のインバウンド受け入れ調査や商品開発などを中心に、今回ご紹介した前氏との豊富な協業実績があります。
「前さんに相談してみたい」というDMO、観光協会などのご担当者の方は、ぜひこちらまでお気軽にお問い合わせください。
▶リゾラボお問い合わせフォーム
※2023/03/29公開の記事を転載しています
毎週配信をしているリゾLABのメールマガジン「リゾMAGA」。新着記事の紹介、旅行・観光関連のデータやプレスリリースなど、旅館・ホテル業界に関わる方におすすめの情報を届けます。
▶メルマガ登録はこちらから