見出し画像

訪れる人も住む人も楽しい街を作る-民間主導で熱海の再生を志す若手キーマンの発想とは

Vol.005 特定非営利活動法人atamista代表理事/株式会社machimori代表取締役 市来広一郎

1960~70年代に国内最大の観光地のひとつとして名声をほしいままにしていたものの、団体旅行から個人旅行へと旅の潮目が変わったことで徐々に人気と活気を失っていった熱海。

しかしそんな熱海が近年急速に人気を回復し、再び注目のエリアとして脚光を浴びています。

ふるさとの活気が失われていく様を目の当たりにしてきた熱海生まれの市来広一郎さんは、自分の好きな熱海を何とかしたいと起ち上がった若手のリーダーのひとり。

株式会社machimoriの代表として、各種イベントの開催や空き店舗の再生、ゲストハウスの運営など多方面にわたる事業展開を通じて熱海の活性化に大きく寄与してきました。


自分の目で見て、耳で聞いて、リアルな「街の今」を知ることからのスタート


-地元熱海のために何かをしようと思い立った、そのきっかけは何でしょう

私は地元熱海で高校まで過ごし、その後東京に進学・就職しました。いずれは熱海に戻って何かをしたいという漠然とした思いは、高校時代からありましたが、それを明確に意識したのは就職前に海外各国への旅を経験した時からです。

さまざまな国を訪ねて、自分自身の五感を通じて人々がどんな暮らしを楽しんでいるのかを知ったことで、これからは従来の周遊観光ではなく、街の魅力をどう創り、発信していくかが重要じゃないかと気づいたんですね。

熱海の衰退は団体旅行の減少とダイレクトにリンクしていますから、いわゆる観光名所を作るという発想から脱して、歩いて楽しい街を作るにはどうしたらいいかという、従来とは異なる発想で街を考えることが再興のカギだと思ったんです。

熱海に戻ってまず何をすべきかを考えた時も、まずは自分の足で熱海の街を見て回り、地元の方々とできるだけ話をすることがスタートでした。

「アタミナビ」というwebサイトの力をお借りしてさまざまな店舗や農家の方、議員や子育て中のママなどさまざまな人を取材して熱海の街の課題がどこにあるのかを探ったんですが、「熱海には何もない」と多くの方々が口にするのとは裏腹に、実に多くの方々が個性的で魅力ある取り組みをしていることを発見し、またそれ以上に「何かをしたい」という熱意を持っている方が数多く存在していることを知ったんです。

私のそんな実体験の裏打ちの中から生まれた催しが、熱海への移住者や別荘暮らしの方に向けた農業体験活動「チーム里庭」であり、また観光業者や商店を主舞台とした市のイベント「熱海温泉玉手箱」通称「オンたま」なんです。

最初はどちらも小さな活動でしたが、継続して開催していくうちに賛同者や参加者がどんどん増えていき、お陰様で多くのメディアなどでも熱海のトピックスとして取り上げていただきました。

次いで注目したのが商店街の空き店舗の問題です。熱海を歩いて楽しい街にするにはの商店街の空き店舗への対策が不可欠だと気づき、不動産を活用したまちづくり事業をスタートしたんです。その第一歩としてまず私たち自身が空き店舗をリノベーションして創ったのが「CAFE RoCA」でした。

オープンから今日までは苦労もありましたが、熱海に暮らす方々や観光客が気軽に集える拠点として、熱海の街づくりのシンボルへと育てていきたいという思いはずっと変わりません。

私たちの活動は今までもこんな風に、まず小さく初め、継続しながら賛同者を得て大きく育てていくスタイルで展開してきたんです。


観光地としてだけでなく、街をもっと多角的な視点からとらえる


-熱海の街に対する取り組みに通底する、市来さんの想いや姿勢とは

熱海は観光地として語られることが多いのですが、見逃してはいけないのは移住者や別荘暮らしの方が非常に多いということ。そしてその街に暮らしている人と観光客とは街に求めているものが違うんです。

魅力的な街にするためには、そこに居る人が満足できることを考えないと長続きしていかない。ただ人をたくさん呼べばいいのではなく、熱海を本当に好きな人が楽しめる街であることが重要。それが私の考えです。まず何よりも大切なのは「街のファンをつくっていくこと」なんです。

住んでいる人が楽しめる街、というのは私自身が旅を通して感じたことや街歩きの体験を通して得た肌感覚のものですから、その点にはずっとブレはありません。

地元の人ほど地元のことを知らないとか、当たり前すぎて本当の価値を見逃しているということは良くあります。私たちが地元の方に向けた熱海の街歩きを催した理由も、熱海の街の魅力を改めて知ってもらうことはもちろん、それ以上に「街の見方」が変わる経験をして欲しかったんです。たとえ空き屋一軒でも、きちんと見ると楽しいんですよ。

幸いなことにここまで熱海は再興の歩みをつづけている最中ですが、私には特別なことをしてきたという感覚はありません。

街のどこで何が動いているのかを自分の感覚で知り感じること。そして数字で状況を精査すること。そんなごく当たり前のことをずっと続けてきただけ、というのが正直な実感です。

ただひとつだけ言えることがあるとしたら、自分の体験や肌感覚を持っていることが重要だと言うことでしょうか。観光振興を考えるに際しては入込客数とか宿泊客数の変遷といった統計を金科玉条として、一面にしかすぎない数字だけを頼りに思い込みで対策を考えがちなのですが、私はそれを自分が体験したことや感じたことで裏付けてきたという自負はあります。

街の姿というのは、マーケティングの数字だけで見えてくるものではありません。自分自身がキャッチした生の情報をデータと重ね合わせて検討することで、初めてほんとうの街の課題が見えて来ると私は信じています。私たちの活動の根幹は常にそれを突きつめることにありますし、これからもそれはきっと変わらないことでしょう。


-街への危機感をどのように共有して人の輪を広げていったのか、その考え方をお聞かせいただけますか

熱海のケースでは街の衰退が急激だったということもあって、行政を筆頭に地域の方々の間でも危機感は募っていました。また街を牽引する市長が若い世代だったことに象徴されるように、熱海ではちょうど世代交代の時期を迎えていたことも大きかったと思います。街が勢いを失っていく中で家業を継ぎ、さまざまな苦労を経てそれぞれの立場から実質的に街を担ってきた若手経営者やリーダーの方々に共感していただき、後押しをしてくださったのは私たちにとって本当に幸運でした。

そんな多くの人々を巻き込むために私が常に留意しているのは、常に「ビジョンありき」だということ。とにかくまず人を集めるというやり方だと、活動していく中でどうしても目的意識のズレや不協和音などが出てくるんです。

ですから私は、いつもビジョンと価値観をしっかりと共有できる最小単位のチームを創り、まずは取り組みをひとつ、目に見える形にするというやり方をしてきました。活動が目に見える形になると、周りの方たちも「この人たちはこういうことをやろうとしているんだな」と理解してくれ、また「こんな取り組みだったらウチもこんな役割で協力できるよ」と声をかけやすくなるんです。

それともう一つ意識しているのが、「無理にまとめすぎない」ということ。

街づくりにはいろんな事業に携わっている方、いろんな立場の方が関わり、その誰もがそれぞれの立場での自助努力をしているわけですから、そうした人々を無理矢理ひとつのワクの中に押し込もうとすれば、どうしても歪みが出てしまうのは必然です。

周囲の方々の立場や考えをきちんと尊重し優先した上で、大目的のために連携できるところは連携し、協業できる部分は協業していく。想いを共有する人々がゆるやかに連携していることで大きな力を生み出していく、そんなイメージこそが私の想い描く街づくりネットワークの姿なんです。


観光地が停滞から脱するためのカギは、地域の人材


-熱海での経験を通じて得た、街づくりの大きなポイントは

私たちが行っていることは熱海でしか展開できない特別なことでも、ましてや純粋にオリジナルな活動ということでもありません。もちろんこの街にカスタマイズしたスタイルではありますが、基本的には全国どの地域でも共通するものだと思っています。

そんな中で大事なのは、その取り組みをしっかりと継続できること。そしてそういう人を見つけ、育てていくことなんだと思います。

今般のコロナ禍を受けて観光業界は大変な状況に直面していますが、そんな状況だからこそ「地域のファン作り」という視点が今まで以上に重要になってくるのではないでしょうか。

例えばインバウンドだけに依存したり、特定の客層だけに偏った戦略を採っていると、万一こうした事態が起こったときにすぐに行き詰まってしまうでしょうし、さりとて急にターゲットを転化してもなかなか成功には結び付かないというのが実情でしょう。

今後は長期的な視点も含めて「どんなお客様にどんな風に楽しんでもらいたいのか」を考え顧客層ごとにどのように迎え入れるのかという地域のポートフォリオをしっかりと策定し、そのビジョンを具体的な展開・活動へとどのように落とし込んでいけるか、それぞれの観光地としてのアイデンティティがさらに強く問われてくるのではないでしょうか。

これまで地元の創業や事業イノベーションの支援活動を展開してきた私たちも、この事態を受けて、もっともっと強い組織へと成長していくことの必要性を改めて実感しています。

街づくりを考えた時、今回の件は従来の手法を省みる大きなターニングポイントになったのは間違いありませんし、ある意味で大きな変化を起こすための貴重なチャンスなのではないかと私は前向きに捉えています。


-熱海が成功に至った最大の要因はどこにあるとお考えですか

熱海には特別なカリスマ性を持つリーダーがいたわけではありません。その代わり観光や福祉、農業、不動産などあらゆる分野に「何か行動を起こそう」と考えていた人の数が圧倒的に多かったことが、再興への最大の力になったと思っています。

街のあちこちで展開されている魅力的な活動というのは、従来はツテがある人だけにしか伝わらなかったのですが、SNSが一般化してきたことによって、人々の多彩な活動の様子が一気に、誰の目にも見えるようになりました。

デジタルネットワークやインフラの普及によって、やる気のある人たち同士が飛躍的につながりやすくなったことは、世代交代という点も重なってそれこそ革命的な変化だと思いますし、またこの環境をさらに有用に生かすことで、これからの社会活動の方法論も大きく変わってくるかもしれません。

その意味でも、本当の成功に向けて熱海が変わっていくのはこれからが本番です。

20~30代の世代の中にもユニークな活動を実践している方が次々と生まれていますし、私自身もこうした活動には常に注目しています。次の熱海を担ってくれる若手の方々が、私たちの活動を通じてさらに良い刺激を感じていただけるよう、これからも努力していきたいと思っています。

▶TOP RUNNER一覧はこちら


【プロフィール】
市来広一郎(いちき こういちろう)
1979年静岡県熱海生まれ、熱海育ち。
東京都立大学大学院 修了後、IBMビジネスコンサルティングサービスに勤務。
2007年に熱海にUターンし、本格的に地域づくりに着手。
2011年に民間まちづくり会社「machimori」を設立後、
2012年にカフェ「CAFE RoCA」、2015年にはゲストハウス「guest house MARUYA」をオープンさせるなど、
民間主導による熱海の街のリノベーション事業に取り組んでいる。

【会社情報】
株式会社machimori
設立 2011年
資本金 8,450,000円
従業員数 17名
事業内容 熱海市街地再生事業、エリア・ファシリティ・マネジメント事業、飲食店・宿泊業経営、遊休不動産のリノベーションによる事業開発・転貸
URL https://machimori.jp/(公式サイト)

※2020/07/15公開の記事を転載しています


毎週配信をしているリゾLABのメールマガジン「リゾMAGA」。新着記事の紹介、旅行・観光関連のデータやプレスリリースなど、旅館・ホテル業界に関わる方におすすめの情報を届けます。

▶メルマガ登録はこちらから


記事を最後までお読みくださり、ありがとうございます。励みになりますのでコメントいただくのも嬉しく、今後の参考になります。|また、業務ご相談を随時承っております。リゾLAB編集部を兼ねるエイエイピー観光戦略推進部の事業紹介サイト「伴走支援サイト」をご覧ください。