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「旅」が教えてくれること

いきなり私事で恐縮であるが、自分の父親はある鉄道会社に勤務していた。結婚後にグループ企業である貸切バスの運行を主とする会社に配属となり、自分が子どもの頃は土日は自らが添乗員となって貸切バスで行く団体旅行に付き添い、当然ほとんど家にいなかった。もちろん休日は取っていたのだろうけれどほぼそれは平日だったものと思う。

従って子どもの頃、家族で旅行に行った記憶は本当に数えるほどしか無い。では子どもの頃、旅行に行かなかったか、というと親しい親戚の家族旅行に一緒に着いて行ったり、日帰り旅行に母親が連れて行ってくれたり、親は親なりに気を遣ってくれていたのだと思うが、家族揃っての旅行はほとんど無かった。

今では考えられないかもしれないが、昭和の頃は、そんな家庭も多かったように思う。しかし当時から家族旅行を一大重要イベントと考える家庭も少なからずあり、友人からあんな所に行った、こんな美味しいものを食べたといった話を聞き、我慢できずに何故我が家では家族揃って旅行に行かないのかとこぼし、親を困らせたことを思い出す。

まだあまり一般化していない印象だが「旅育」という言葉がある。ただ家族揃って旅行に行くだけでなく、旅を通じて子どもに普段では経験できないことを体験させたり、普段では見られないものを実際に見せ、さまざまな学びを提供することで成長の機会につなげることを意味する。

当然子どもも一緒に旅行に行けばその分交通費も宿泊費も必要で、ある程度金銭的な余裕が無ければその大切さは理解しているものの現実的には難しい、という家庭も少なからずあるのではないか。

コロナ禍が収束に向かい、街に出るとインバウンド客とすれ違う機会も増えた。おそらく「家族」や「旅」の概念の違いからか、日本で「旅育」という言葉が生まれるずっと前から、欧米を中心とした諸外国では「家族旅行」は日本よりもはるかに大切にされてきた印象がある。

友人とハワイを旅行した際、日本人客はカップルや中高年グループが目立ったが、ふと気づくと欧米のファミリー客が意外に多く、国による考え方の違いを感じたことがあった。豊かさの計りは難しいが、家族での海外旅行を当たり前と考える国と、そうでない国には、やはり格差が生じてしまうのも仕方がないのかもしれない。

話が少々脱線してしまったが、旅は人間にさまざまな機会を与えてくれる。本当に抜けるような青空が広がる海辺の堤防に寝そべり、ゆったりと流れ行く白い雲をただ目で追う。ほんの少しぬるめの柔らかな温泉に包まれて、のびのび四肢を広げる。ガイドブックに載っていない地元の人しか行かないような店で食べた当たり前の料理に、自分の住む場所では絶対に入っていない食材が入っている驚き。ああ、これが自分にとって気持ちいいと思うことなんだな、ああこれが癒されるということなんだな。ああ、これがその土地の味なんだな。そんな日頃は実感できない気づきを、旅は人に与えてくれる。

少し前のことになるが、著名なホテルチェーン経営者が講師となり、大学生を相手にリゾートビジネスの面白さを伝える、といった趣旨のテレビ番組があった。

学生らしい自由な発想で、魅力的なホテルのプランを考えて欲しい、というような課題を出したものの、今ひとつインパクトのあるアイディアが出て来ない。

それもそのはず、彼らは旅に行った経験が子ども時代を通じてあまりなく、具体的な「旅のイメージ」を理解できていなかった、確かそんな内容であったと記憶する。

もちろん自分でどんどん機会を作り、積極的に旅を楽しむ若者もたくさんいる。しかし何らかの理由で家族揃って旅行に行かない家庭で育ち、あまり「旅」を自分事として理解しないで育っている若者も実は少なくないのではないか。
 
マーケティングは実の所「数」である。どんな理由であれ「旅」へのモチベーションが無ければ「旅行」という消費機会は盛り上がらないし、大事な日本文化である日本旅館や温泉ホテルも、この先もどんどんインバウンド観光客に依存しなければならなくなる。

こうした状況を危惧し親に代わって子どもたちに旅行体験を提供する試みも一部では広がってきていると聞く。政府による観光施策や旅行支援は、すぐ補助金や旅行補助のようなものに行きがちだが、本当に大切なことはもっともっとこれからの日本を背負ってくれる若い人たちに「旅の魅力」を体感してもらう機会を提供することに他ならない。具体的な旅行支援や補助は、その先にあるものだ。

もう一つ気になるデータを見掛けた。ひとり旅が毎年増えており、今後もより一層拡大する可能性が高い、そんなデータである。もちろんひとり旅も大きな旅のニーズであることには変わりないが、旅は人と人とのコミュニケーションを半ば強制的に生み出す場でもあり、自分と一緒に行った人とのバランスを学ぶ機会でもある。誰にも束縛されずに、自分ならではの旅を楽しみたい。それが自由だ。自分の旅だ。そんな考え方を真っ向から否定する気は毛頭ないが、誰かと行く事でより魅力的になる旅のシーンも実は多いはずだ。

ビジネスホテルのようなシングルユースをベースとしたホテルであれば「ひとり旅」は当然ウエルカムだろう。が、広めの客室でゆったりと複数の人間が過ごす旅を想定している旅館には、頭の痛い利用形態の一つが「ひとり旅」である。ここは割り切って空いてしまった客室に限り、ノーサービスでバイキング朝食だけ付けて直前の直販のみ受ける、そんな臨機応変な対応も必要かもしれない。
 
 いずれにしてもこの先「旅」がシニアやインバウンド客だけのものにならないよう、決してそうしてしまわないよう、宿泊業界全体としてもバックアップしていかねばならない、そんな気もしている。春休み、家族旅行のファミリーを見掛けることも多い。そこで楽しそうに会話が弾んで、少々声が大きいかな、と感じても、今日だけはそっと我慢しておこう。
 


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