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実録「あの時、あの場所でこんなことがあった」|観光マーケティングプランナーのちょっと視点を変えた連載コラム035

仕事柄、全国さまざまなホテル旅館に宿泊させて頂いてきた。今思い出すとなかなか巡り合えない貴重な経験もあった。この記事から新しい何かを吸収できる訳ではないので恐縮だが、アタマのクールダウンにつながれば幸いである。


【露天風呂で野生の猿と遭遇】

比較的早い時間に山間から海を見下ろす露天風呂が有名な旅館にチェックイン。混まないうちに入浴してみよう、と大浴場から露天風呂へのドアを開いた時、何やらいつもと違う気配。

?と思いながら歩みを進めるとザザッという音と共に真っ赤な尻が印象的な2匹の野猿が藪へと消えていく所に遭遇。見ると露天風呂に浮かべてあったと思われる夏みかんが何個か無残に食べられた跡が。一応脇に集め、入浴後に宿の方に連絡したが、野趣満喫の貴重な露天風呂体験ではあった。


【特別室とすき焼き膳】

亡くなられた安倍元総理が在職中、日ロ首脳会談の会場にもなった有名旅館に仕事で伺った時に商談が長引き、周辺にビジネスホテルも無い頃で、そちらの宿に宿泊させていただくことになった。

他の客室は予約が入っており、この部屋しか空いていないので、と用意いただいたのは立派な特別室。広々としたスペース、部屋も何部屋もある。夕食も用意頂いたがお膳の用意が間に合わない、ということで客室にコンロを持ち込み、上質な和牛のすきやきセットが運ばれて来た。もちろん自分ひとりなのに肉も大きな皿にふんだんに盛り付けられ、全部お召し上がりください、とのこと。恐縮することしきりだったが、一生忘れられないほど、美味しかった。


【大好きな瀬戸内の街】

その街は尾道。瀬戸内に面し、最近は良くメディアにも取り上げられて人気の街である。

尾道に初めて行ったのはもう35年ほど前のことで、現在は残念ながら休業を経て経営者も変わってしまったが某女性アナウンサーの実家でもあった旅館の仕事の時であった。

その宿のパンフレットを制作させていただくにあたり、早朝から深夜まで、その宿の中でさまざまな施設を撮影し、翌日その宿から行ける市内の観光施設を紹介するためカメラマンと一緒に街の中を歩いた。当時はまだボランティアガイドとして街の人が観光客の案内をしてくれる場所は少なかったと思うが、尾道にはこの時からそういった役割の方がいて、詳しく説明をしてくださった。

高台から瀬戸内を挟んで向島を見渡す景観等を撮影し、民家の軒先に触れるほど細い石段を下っていく。ちょうど初夏でまだ青く硬い小さな柿の実が、風に揺れて落ちるとコツンコツン、ゴロゴロと石段を跳ねながらトタン屋根を転がっていく。少し広くなった陽だまりでは猫が気持ちよさそうに昼寝している。

どこからか美味しそうな匂いが漂い、探してみると小さなパン工場で、その勝手口で出来立ての揚げパンを売っていた。これも忘れられない美味しさだった。

海岸に出て撮影をしていると近所の老人と思われる男性が話しかけてきた。惜しまれながら2020年に亡くなられた尾道出身の大林宜彦監督も若い頃、この海岸から瀬戸内の夕暮れを眺めるのが好きだった、彼の家は代々お医者さんで有名な名家だったが、彼は若い頃から少し変わっていた、という話を聞くでもなく教えてくれた。大林監督が故郷尾道で撮影した映画にも出てくるタイル小路には行ったか?行ってないのであれば海岸からはだいぶ戻るが見ておいた方が良い、などなど、色々教えていただいた。この老人だけでなく尾道の人はとても人懐こく、気さくな人が多かった。

翌朝、はしけで向島にも渡って撮影したが、もう出航する、というほんの少しの合間にザーッと高校生たちの自転車が甲板に駆け込んで来る。出航する頃には自転車にまたがったまま向こう岸を待つ高校生たちがずらっと立ち並び、到着するや否や駆け出していく。そんなドキュメンタリー番組のようなシーンが、本当に普通に、日常だった。


【“あのスペース”は本当に落ち着ける場所】

検索エンジンで「旅館 あの」と打ち込むと「旅館 あのスペース」というサジェスト(予測変換)が表示されるのをご存じだろうか。

一部でカルト的な話題となっている「あのスペース」とは何のことはない、以前の旅館の客室では必須だった「広縁」のことである。最近ではあえて広縁を設けず、スペース全体を一つにして広々見せる手法が主流になっているが、以前の客室では畳敷きの客室部分とは別に窓際に広縁があり、ガラステーブルとソファ2脚や冷蔵庫などが置かれていることが一般的だった。

同室のいびきに悩まされ、障子戸を閉めて広縁に座って冴える月を眺めたり、遠くに灯る漁火を眺めたり。なぜか客室に居る時間よりも、この広縁スペースに腰を下ろし、ぼーっとしている時間の方が印象に残っている。

中には“あのスペース”が好き過ぎて、自宅に旅館の広縁を模した空間を作ってしまった、という人もおり、ああ自分だけでは無かったのだな、と思う今日この頃である。

本当は書きたかったのだがここで書くのは憚られるものもあった。が旅館には、なぜかここにしか無い魅力がたくさんある。そんな「旅館好き」を共感頂ければ、幸いである。

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※2022/10/27公開の記事を転載しています


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