夕食再考ノススメ|観光マーケティングプランナーのちょっと視点を変えた連載コラム042
◯旅館ホテル・観光にかかわる、老若男女様々なプランナーによるリレーコラムです。
人工知能(AI)を活用したビジネスが一層高速化している。以前本コンテンツでも取り上げたChat GPTも同様だが、そのまま実用するにはまだ無理があるものの、おそらく何年か後には、確実にAIに取って代わられるだろうと思うものはたくさんある。
例えば行きたい旅先や時期を入力すれば、その時に旬を迎えるおすすめの地場産品やそれを活かしたシーズンメニューが提案されるもの、なども比較的容易に実用化されるのではないか、と思う。
世界的な原材料の流通停滞、不足に起因する食材や調味料の値上げは頭の痛い課題だが、ほとんどの施設では仕入れ先の見直しや交渉、提供するポーションの数量を微妙に調整するなどで対策を講じている様子。頭が下がる。中でも特に油の大幅な値上げや卵の価格上昇は大きく、揚げ物を別のメニューに変更したり、卵料理も減らしたり、といった工夫をし、対応している施設も多いと聞く。
とはいえ旅の楽しみはやはり「美味しいもの」を食べること。中でもその時、その場所でしか味わえないものを口にすることが出来た時の記憶はいつまで経っても薄まらない。
日本海側のある温泉地で解禁になったばかりの蟹料理を頂いた時も「ああ、これは毎年楽しみにわざわざ来館されるのは当然だ」と感じた。ある宿で、その宿が持つ畑で今日収穫された豆を焚き込んだ豆ご飯も香りが豊潤で絶品だった。施設内に新設された鉄板焼きレストランで供された地域のブランド牛のステーキも絶品だったが、地場の旬野菜だけを厳選した焼き野菜も、素材本来の味が存分に引き出されて舌に刻まれた美食の記憶となった。
振り返って考えてみると、そうした「食の満足感の記憶」は決して「量」、つまり食べ切れないほどたくさんの料理が提供されたことへの満足感の記憶はほとんどないことが分かる。人それぞれ「満足する量」は一定ではないことは悩みの種だが、この際、料理は「質」重視、という転換も、今後どんどん増えて来そうなジャッジと考える。
そう思う理由の一つは、どんどん昔ながらの料理を提供し続けるための人的なリソース、つまり調理スタッフの確保が難しくなっていく点である。昔ながらの和食をベースにした会席料理の場合、実際に調理作業に入る何時間も前から「仕込み」が付きもので、まずはそうしたことへの対応を今後もずっと続けていくことが出来るのか、という懸念が大きい。
さらにSDGsの広まりにより、社会的に「提供された料理を食べ切れずに残す」ことへの心理的な抑圧感もどんどん高まっている。バイキングスタイルであればお客様の精神的な負担も少ないが、そもそも品数自体が絞られれば、今度は視覚的な見劣り感が出てしまい集客そのものに良からぬ影響を与えることも考慮せねばならない。
そうした環境変化を早速プラスに転じ、新しい付加価値として「攻め」に転じている施設も現れてきている。いわゆる「地産地消ダイナー」だ。
地元産の知名度の高い牛肉を先ほど紹介したような鉄板焼きでお客様の目の前で調理したり、しゃぶしゃぶで提供するなど「品数」よりも明らかに「質」に主眼を置いた提供スタイルの採用だ。施設的には非日常を存分に感じるゆとりある空間とし、何よりも日常ではなかなか体験できない場づくりは重要だが、ポイントはなるべく時間や手間を要さず、できるだけシンプルで、場合によってはしゃぶしゃぶのようにお客様自身の手で調理しながら召し上がっていただくなど、可能な限り人的リソースを効率化しつつ、満足度の高い料理提供手段として高料金化にもつなげていくことにある。
もう一つ、まだあまりそうした施設は見かけないし、なかなか地域の置かれた環境で実現へのハードルは低くなさそうではあるが、地域の宿泊施設が連携して一つの地場産品を主体とした夕食専門のレストランをセントラルキッチン的に協働運営するようなやり方は出来ないのであろうか。
サービス業における人材確保はアフターコロナのフェイズに移行しインバウンドも戻りつつあるこの頃、より厳しさを増している印象がある。ニーズはあっても現実に料理提供、特に夕食提供をカバーするのが厳しく、ある温泉地では1泊2食付スタイルで全館を売り切ることが難しいため、一定の客室数を1泊2食付で受けた後は素泊まり、もしくはバイキングスタイルで館内提供可能な1泊朝食付のみでの販売に切り替え、夕食は済ませてから来館いただく、またはチェックイン後お客様ご自身で外で取っていただく形で対応している、という。
ある程度にぎわいのあるエリアに立地し、そうした飲食店もきちんと日々営業されていいるような地域であればそうした対応も可能とは思うが、宿泊施設以外に毎夜営業している飲食店があり、しかもそこでよくある居酒屋的な献立だけではなくその場所でしか味わえない食材や地に根差した料理などを味わえる、となると現実にはなかなか見つからないのではないか。
そうしたエリアでこそ検討して欲しい夕食提供方法が地域内で協働運営する地産地消夕食専用レストランである。もちろん地元を含めた夕食利用だけのフリー客も当初は吸引OKだが、出来れば地域の宿泊施設が連携して、一泊館内朝食プラス地場産品レストラン夕食付プランを販売し、ベースとなる客数は確保する。もちろん個性豊かな宿泊施設が多い中、集約的に提供する夕食メニューをどうするか、そもそも外観や館内インテリア、スタッフの接し方をどうするか、など検討すべきことは多々あるとは思うが、ポイントを「地産地消」「旬」「そこでなければ味わえない満足の提供」に絞ればある程度は意見集約できるものと思う。
料理提供側にとっても夕食提供だけに絞って運営を考えられるし、宿泊施設側にとっても「高料金化に対応する満足度の高い夕食提供」という大きな課題から解放されるメリットは非常に大きい。
社会的な環境はどんどん変化のスピードを速めており、その時ベストな選択であってもそれが何年もずっとベストチョイスであった、ということはこれからはなかなか難しい。そうした時にやり方を変える、修正するにしても「個々」で考えるよりも「一つに集約」したもので考える方がラクだ。
これからどんどん「地域連携」「社会性」といったキーワードがより重視される。そうした中で同地域の宿泊施設と手を組み、地域ならではの食材提供者やこだわりの生産者と連携し、地域に根差した織物で作られたユニフォームで、地域を代表する焼き物の器で、この時期、ここでしか味わえないような夕食が提供される「セントラル地産地消ダイニング」、如何だろうか。
新しいビジネス化に向けて越えねばならないハードルは確かに低くは無いものの、政府による補助金の活用も考えられる。補助金もどんどん「個々」の施設や単体の企業でも活用できるものから、複数の施設や企業が連携した団体やDMOといった受け皿組織を対象としたものへとシフトしてきており、今後ますますこうした地域連携によって地域そのもののメリットを生み出す考え方がマストになってくる。一つの考え方としてぜひそんな地域を代表する宿泊しないと利用できない地産地消夕食専用レストランの誕生、そっと期待したい。
※2023/06/29公開の記事を転載しています
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