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時代を生きる旅館ホテルの大きな課題、事業承継-銀水荘のブランドを受け継いだ若き社長の想いとは

Vol.007  株式会社ホテル銀水荘 代表取締役社長 加藤晃太

多くの旅館ホテルが次代への経営の継承にあたって、どのように事業承継を進めたらいいのか、失敗しない事業承継の方法論などについて様々な悩みを抱え、またその解決策を模索しています。

そんな中、日本の旅館を代表する宿のひとつである「銀水荘」という大きなブランドの事業を若くして承継された加藤社長。その取り組みを通して、旅館ホテル業の事業承継の心構えや、業務改革の進め方などについて、ご意見をお聞きしました。


旅館という家業を引き継ぐということ

-加藤社長はいつ頃から事業の承継を意識されていたんでしょうか

銀水荘を創業したのは私の祖父祖母なんですが、その先々代からは私が幼い頃から何かにつけ「いずれはここを継ぐんだぞ」とは言われていましたから、やりたいとか嫌だとか思う以前にそういうものだと受け止めて、漠然と次代を次ぐのだろうという意識はありました。

後から聞いたところでは私の親である先代は「必ずしも継がずに、別の仕事をしても構わない」と思っていたらしいのですが、家業として経営されている旅館では私のようなケースが多いんじゃないでしょうか。

私は26歳で銀水荘に入社したのですが、その時もいずれは経営者になることを念頭に置いていたので、一応しっかりやらなければと思ってはいました。でもまだまだ認識は甘かったですね。何となく銀水は人気旅館だという自負もあったし、当然儲かってもいるんだろうと漠然と思っていましたから。

しかし私が入社した頃は既にバブルも弾けていて、ご来館されるお客様こそ多かったものの、業績面では特に好調というわけでもなかったんです。それまでの人気旅館のイメージがあったがゆえに現実とのギャップがより大きく感じられて、自分自身とても危機感を感じたのを覚えています。

-銀水荘という大きなブランドを受け継ぐには、やはり覚悟が必要でしたか

周囲の方から銀水荘を引き継いだら安心だねとか、大きな名前を受け継いで大変だねというような声をいただくことは確かに多かったのですが、先にもふれたように経営状態を詳細に見てみるととても大船に乗った気持ちでいられたわけではありませんでしたから、「この会社の経営をどれだけ強固にできるか」「銀水という名をどうやって残すか」と、むしろ自分がどんな会社を創っていくかということの方に目が向いていました。その意味ではブランドを引き継いだプレッシャー以上にモチベーションの方が大きかったですね。

そして今になってみればそれで良かったと思っています。もしも順風満帆の企業を継いでいたら、ひょっとするとその立場に慢心してしまっていたかもしれませんからね。

実際に私が入社してからこれまでにリーマンショック、3.11東日本大震災、今回のコロナと3度の大きな逆風が吹きました。その度に本当に苦労しましたし、コロナに至ってはまさにその最中にあって未だ終息が見えない状況です。しかし若いうちにこうした「底」に直面し、それにいかに対処するかという経験をしたことで、現状をシビアに見つめて「今何ができるのか」を前向きに考えるという姿勢を身につけることができました。

昔はこうだったとか、これまではこうやってきた、と後ろを振り返っても意味がありません。大切なのはそれを踏まえた上で「では今何ができるか、これから先に向けて何をすべきか」だと思っているんです。

「つねに楽観的なリアリストでありたい」。良い意味での開き直りと言えるのかもしれませんが、そんな私の基本姿勢が生まれたのは、こうした大きな危機を乗り越えてきたおかげだと思っています。

-銀水荘ではどのように事業承継を進められたのでしょう

銀水荘の場合は先代が代表権のある会長となり、私が代表取締役社長と2人が代表権を持っているので、事業を完全に継承したケースではないのかもしれませんが、まずは先代から「1年後をめどに事業承継をする」という話を受けまして、そこから登記を始めとする事務的な処理に少しずつ着手しはじめました。

そして最初のアクションとして、まずは社員にこの件を知らせて情報共有を図りました。その後改めて社内会議で所信表明を行って、銀水荘が新しい時代に入ることを全員で意思統一していただきました。

次いで対外的なお知らせとお披露目ですね。銀行やお取引先様などに向けて新社長就任をお知らせしました。併せて皆さまにお集まりいただいてお披露目を行うことになっていたのですが、そんな折りに今回のコロナ騒動が起こってしまったのでそれはまだ叶っていないんです(笑)。

ただ大々的なお披露目こそしていませんが、社内外とも銀水荘を支えて下さっている皆さま方には十分に周知されていますし、すでに現実にそのスタイルで動いていますので、自分としてはさほど大きな問題ではないと思っているところです。


-先代社長様からのご意向やアドバイスなどはありましたか

先代からの具体的な意向や指示はこれまで何もありませんでしたね。むしろ何も言わないところが、身内ではありますが父のいいところだなとも思っています。

もちろん私から現場レベルの対応などについてあれこれ相談することは多いんですが、こと企業運営の根幹の部分については完全に私に一任することに徹しています。そんなふうに言葉少ない先代が言ったことで特に印象深いのは「視野を広く持って熟考しろ」ということ。

狭い視野のまま突っ走ってしまうと思わぬところで足をすくわれるから十分に気をつけなさいと、先代としては後ろから私を見守る立場でいようと思っているのかもしれません。


変わることのない銀水荘の誇りを、時代に合わせた柔軟なスタイルで表現

-時代の変化と、おもてなしのあり方についてはどうお考えですか

私が社長になってすぐに「銀水クレド」というものを作りました。経営方針の共有ですが、その一番大元になる考え方は「変化する価値への対応をしっかりしていこう」というものです。

自分もこれまで数々の大きな変化を経験してきた中で、生き残るのは頭のいい者でも強い者でもなく、唯一、変化に順応できる者だけだという考えを持つようになりました。

せっかく先人たちが苦労して作ってくれた銀水荘というブランドが、今の時代の足かせになってしまっては本末転倒です。大切なのは銀水荘の根幹であるおもてなしの精神をしっかりと守ることであり、その表現としての「形」にいつまでもしがみついていては後世に銀水荘を残すことはできないと思うんです。

その意味で「形」ではなく「想い=銀水プライド」にこそこだわって、今の時代に合わせたスタイルへと進化させていくことが私の使命だと考えています。

時代のニーズが変われば、求められるおもてなしの形が変わるのは当然です。過去の名誉を引きずって時代を見失うのではなく、つねにフレキシブルなおもてなしをご提供することこそが私たちのマインドであり、また誇りなのだということを社員全員が納得し、それに沿った行動を起こしてもらうことが重要だと思っているんです。

今回、銀水荘では昔ながらのご夕食の部屋出しからダイニング・スタイルに変え、寝食分離というスタイルへの対応を行いました。それは徹底的にCSを追求する銀水荘のコンセプトを堅持しつつ、つねに時代に合わせてそのスタイルを変化させていこうという想いの具現化に他ならないんです。

確かに大きな決断でしたし、旅行エージェントの方から反対意見を頂戴したこともあります。しかし時代に向けて何かを挑戦していかなければいつかは取り残されてしまいます。大きな旅館になればなるほど失敗した時のリスクを恐れてしまいがちですが、でもだからこそ熟考し、仲間を信じ、勇気を持ってトライするべきではないかと私自身はそう考えています。

観光業界を取りまく環境は、大きく様変わりしている

-これからを生き抜く旅館ホテルにとっての事業承継とは

今回のコロナもそうですが、インバウンドを含めたグローバル化、インターネットやSNSの浸透など、ここ十年ほどの間に時代は想像以上に大きく変化していますから、それに伴って日本の観光のあり方も大きく様変わりしていくのは時代の必然でしょう。

過去の団体旅行時代のようにお客様をいかに自館内に囲い込むかを競う「競争」の時代から、今やエリア全体でお客様のより楽しい旅を演出する「共創」の時代が来ていますから、旅館ホテルも当然それにマッチしたスタイルへと変化していくべきです。

そう捉えると、旅館ホテルにとって事業承継は実は大きなチャンスなのだと言うこともできます。人の考え方は、その人が積み重ねた経験やノウハウによって年々強固になっていきます。それはもちろん価値あることではありますが、その反面、こと思い切った決断が必要になった時にダイナミックな行動を戸惑わせてしまう要因にもなり得ます。

その意味では、旅館ホテルをこれから先も繁栄させていくために若いうちに事業を継承することは、私はとても良いことじゃないかと思っているんです。


【プロフィール】
加藤晃太(かとう あきひろ)
リクルーティング系の企業に就職し、新規プロジェクトの立ち上げに携わった後、26歳で銀水荘に入社。
副社長時代に宿の大規模なリニューアルとサービス体系の改革を主導し、令和元年12月に株式会社ホテル銀水荘の代表取締役社長に就任。

【会社情報】
株式会社ホテル銀水荘
設立 昭和40年10月
資本金 5,000万円
従業員数 460名
事業内容 旅館業
公式サイト  稲取銀水荘 堂ヶ島ニュー銀水

※2020/11/18公開の記事を転載しています


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