時代の変化を柔軟に受け止めながら、地域とともに生きる観光産業のあり方を体現する
Vol.022 日和山観光株式会社 専務取締役・ホテル金波楼 総支配人
今津 一也さん
団体から個人旅行への変化という時代の潮流、そしてコロナの影響と急激に回復するインバウンド需要など、ホテル旅館を取り巻く社会環境が大きく揺れ動く中で、ホテル旅館の経営者にとって今後の観光産業をどう捉え、また今どんな施策を取っていくべきなのかについては非常に高い関心があることと思います。
今回のトップランナーでは、ホテル金波楼の総支配人として、また総合観光企業である日和山観光株式会社専務取締役として多彩な観光事業の現場を広く熟知している今津一也さんに、長年の経験を通じて得た独自の考えと今後の展望についてお話をお聞きしました。
-幅広い観光の現場に長年にわたって携わってきた経験から、「観光ビジネス」というものをどのように捉えていますか
旅館経営での経験を通じて私が考え続けてきたことの一つが、「旅館という事業はどうあるべきか」というテーマです。
具体的に言うと、昔ながらの旅館業をもっと効率的に改善するにはどうしたら良いのか、またサービス・クオリティ・満足度と、価格とのバランスをどのように保つべきなのか、その微妙な境界の線引きをこれまでつねに見極め、探り続けてきました。
これは旅館ホテルの経営に携わる皆さんが共通して抱く切実な問題だと思いますし、同時につねに不安を感じる部分だとも思います。もちろん私もその想いは同じではありますが、少なくともこれまでの自分の姿勢においてのブレだけはなかったと思っています。
そして数十年にわたってこの課題を考える中でわかってきたのことは、これは何も旅館ホテルだけではなく、すべての観光ビジネスに共通する課題なのだということです。例えば「コンテンツ」とよく言われますが、観光にとってそれは「誰とともに何を体験するか」という点に帰結します。
そこでポイントになるのが「自分たちの良さ、個性を、自分たち自身がしっかりと把握できているか」ということ。
日和山に来てもらったお客様から「料理がおいしかった」と嬉しいお声をいただくことは多いのですが、そこで満足することなく「では他の観光地と、どれだけ違う体験を提供できたのか」をシビアに分析することが重要なのだと思います。
「ここでしかできないこと」が観光業にとっての重要なコンテンツなのだとすれば、「ここでしかできないこととは何なのか」をクリアにしなければ、その先に何をすべきなのかが見えてきません。そうした視点に立って私が思うことは、結局のところ重要なのは「人」のクオリティ、人のあり方ではないかということです。
これは単に仕事に対処する能力だけを指すのではなく、その人が一生懸命努力しているか、どんなアイディアや想いを持っているのか、何が好きでどんなことに興味があるのかなどを含めた全人格的なものを指します。
人は一人ひとり異なっていますから、それぞれの人材が持つ資質や多様な魅力をのびのびと活かせる環境を作ること、いわゆる人材経営が、観光産業の今後にとってもっとも重要な焦点のひとつであり、またこれを整えることが結果的にお客様の喜びにつながるのだと思っています。
-今般のコロナやインバウンドを含めた時代のニーズの変化に対して、これまでどのような手を打ってきましたか
今般のコロナは観光業、ホテル旅館業にとっての大きなターニングポイントになりました。
これまでにも従来の団体旅行から個人主体の旅行へと、旅のスタイルは不可逆的に変わってきていましたが、それが決定的になったのがこのコロナだったと思っています。コロナによって働き方や生活習慣などを含めて、社会は大きく様変わりしました。その背景の中で、余暇の過ごし方や旅行の楽しみ方も変わっていくのは当然のことです。
実際に当地にお越しになる方々の様子を見ても、今までのように旅先で騒いで楽しむのではなく、思い思いのスタイルで静かに楽しもうとする方が増えたことが実感できます。
こうして「自分なりに楽しむ旅」が主流になっていくと、今後いずれは子供連れのファミリー旅行の需要までもなくなっていくのではないかという危機感を感じざるを得ず、ファミリーのお客様が多い金波楼としてはこの対策を急務と考えました。
まず着手したのが団体旅行向けの施設だった宴会場をなくし、椅子とテーブルを配した個別対応の空間へと生まれ変わらせたこと。これはコロナ前の施策ですが、当地の他施設に先駆けてこのスタイルを取り入れました。
従来のいわゆるお茶の間文化がなくなり、お客様が座敷に座って料理を食べることに馴染みがなくなっていたことを受けての思い切った改装でしたし、従来の金波楼の接客スタイルからも大きく様変わりすることになるため、計画に着手した当時は不安や心配でいっぱいでしたが、いざオープンしてみるとお客様からは大好評を得ることができました。
これを皮切りに、お客様が滞在する客室にも手を入れ、今では当たり前となったベッド化をいち早く2010年に導入。現在ではこのベッド化した和洋室から優先的に予約が売り切れていく状況となっています。
修学旅行でさえ大部屋から個室へと変わってきていますから、個人旅行でプライベートと快適さを重視した部屋が好まれるのは、今思えば当然のことですが、導入当初はまだ他の事例も少なく、まさに手探りのチャレンジでした。
また旅行者のスタイルの変遷に合わせてパブリックスペースも改装。団体旅行での二次会が減少し、個人客でも館内でグループでお酒を飲みたいというニーズが少なくなっていたことから、ナイトラウンジをなくしました。
その代わりに新設したのが、お客様がチェックインした後の待ち合わせや、ちょっとしたティータイム、夜にはパブなど、お客様それぞれの目的に応じてリビングのように使える多目的スペースです。
お仲間でのおしゃべりやコミュニケーションにも、一人でのんびりした時間を楽しむのにも自由に使えるこの空間は、お好みでコーヒーもお酒も楽しめますし、ちょっと仕事をしたい人にはワーケーションスペースとしても使えます。
これまでの団体旅行のように周囲の誰かの都合に合わせた旅ではなく、「自分らしく」「無理をしない」旅が、今のお客様のニーズです。それぞれのお客様が想いのままに使えるこのスペースは、今の旅にマッチした施設のあり方をシンボリックに表現したものになったのではないかと思っています。
-地域とともに歩む観光業の「これから」について、どのような展望や期待をお持ちですか。
観光立国が国の方針として掲げられて久しくなりますが、今般のインバウンド回復では需要の増大に対して受け手側の対処が追いついていないことなどもあり、政府でも「量から質」への転換が図られてきています。
個々のホテル旅館でもお客様を満室まで受け入れられない中、今何よりも優先的に取り組むべきなのはこの「質への転換」だと思います。
そこで注目されるのが人材です。サービスを向上させてお客様に高単価をいただくためには、その上質なサービスを提供できるだけのスタッフを整えなければなりません。
しかしこれは単に教育を充実させればいいというものではなく、観光業に従事するスタッフの生活クオリティや給与なども含めて、働く環境そのものを変えていかなければ根本的な改善は達成できない大きな問題です。
言い換えれば、働く意欲を持った方から見て「観光業を魅力的な仕事」にしていくことが私たちの重要な仕事になっているということです。
旅館というのは毎日毎日、商品を新たにリセットする仕事ですから、どんなに良い施設を作っても結局のところそれを運営する「人のクオリティ」こそが真の商品となります。
施設だけの魅力ではお客様を引き止めることはできません。「人」のクオリティこそが、お客様に二度・三度来館してもらうための唯一のカギになると思っています。
私ども日和山観光は、そもそも村おこしの組合からスタートしている企業で、企業としての理念の根幹に「地域経済の発展」があります。
今後も地域の魅力や資産を生かしながら、骨太で厚みのある観光産業を存続させていきたいと常々考えていますが、もちろん自分ひとりではこの想いを叶えることはできません。
これからの地域振興を図っていくためにも、地域の人材資源を積極的に活用しその個性とポテンシャルを活かすこと。また常に新たな観光資源を開発することなど、多方面にわたる活動を通して地域の幅広い支持を得ながら、常に地元と一体となって総合観光企業としての使命と役割を果たしていきたいと考えています。
■プロフィール
今津 一也さん
日和山観光株式会社 専務取締役
ホテル金波楼 総支配人
1991年に大学卒業後、ホテル学校を経て日和山観光株式会社に入社。その後幅広い部署をローテーションにて経験後、ホテル金波楼へ。2003年に副支配人、2005年に支配人、2016年には金波楼総支配人および日和山観光株式会社の専務に就任。
ホテル金波楼の業務に加え、日和山観光の専務として企業経営から多彩な関連部署のあらゆる業務にタッチするなど、地域振興のために多忙な日々を送っている。
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※2023/05/25公開の記事を転載しています
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