インバウンドプロデュースの第一人者が指南する、海外観光市場の実情をふまえた実践的なインバウンドの取り組み
Vol.025 ソリッドインテリジェンス株式会社 プロデューサー木立徹さん
今とこれからの観光においてもっとも重要な課題のひとつであるインバウンド。
海外観光客の動向に詳しく、これまでにも様々な取り組みを手掛けているソリッドインテリジェンス株式会社プロデューサーの木立徹さんに、コロナのダメージから一気に回復しつつある今だからこそ知っておくべきこととして、インバウンドをどう捉えどう考えるのか、また効果を表す取り組み方の要諦などを、あらためてお聞きしました。
-コロナ明けの今(2023年11月時点)で、インバウンドにどう取り組むべきなのでしょうか
インバウンド対策はもちろん重要ですが、しかしそれだからといってすべての旅館ホテルが必ず取り組む必要があるわけではありません。
なのに今なぜ取り組むべきなのか、まずはその理由を整理・理解しておくことが大切です。
企業には常に継続性が求められますが、現状の人口動態や観光の動向を見る限り、日本の国内市場はシュリンクし海外市場が拡大することはほぼ明らかです。
つまり日本の観光が今後拡大発展していくためには、新たなマーケットを取り込むこと、つまり海外観光客へと客層を変えていくことが重要な課題となります。
端的に言えばそれがインバウンドに取り組むべき理由です。
日本の観光市場は、これまでの団体旅行メインから個人旅行主体へとそのマーケットが大きく様変わりしてきていて、かつて団体旅行だけを受け入れていた宿が、以前と同じ手法で継続的に運営することはかなり難しくなっています。
インバウンドもそれと同じように、国内の観光客相手だけではなく、広く外国人観光客も客層として取り入れていくように活動方針を変化させていくだけのことだと、ごくシンプルに捉えれば良いのだと思います。
数十年スパンで俯瞰してみると、団体旅行から個人旅行への流れと同じように、インバウンド対策も早晩、宿にとって当たり前の施策になっていくのだと思います。
では具体的にどう取り組んだら良いのか。ここが皆さんにとって最も興味のある点でしょう。
ひとことで言えば「マーケティングをきちんと行うこと」、これが基本中の基本です。
多くの方がマーケティングと言う言葉を、セールスの言い換えのように誤解している面もあるのですが、私の考えでは、マーケティングとは「お客様から好きになってもらう技術を体系的に捉えたもの」ということになります。
日本人と外国人の最も大きな違いは、「無意識のうちの共通認識」を持っていないことにあります。
これまでは宿とお客様の双方が日本人ですから、そこには日本人としての共通感覚や信頼関係があり、「言わなくてもわかる」ことが前提となってきました。
しかし相手が外国人の場合は、それぞれが前提とする文化や価値観、国ごとのニーズが大きく異なってきます。つまり宿と宿泊者の間に、これまでのような無条件での共通認識や常識のようなものが存在しないわけです。
だからこそインバウンドに取り組むに当たっては、まず「マーケティングをきちんと行う」ことが重要となるのです。
より具体的に言うなら、日本人なら言わなくても通じたことを外国人にしっかりと伝えるためには、こうした方々に対する「他者理解」をより深めることです。
昨今はEBPM(エビデンスに基づいて意思決定していく)が推奨されていて、データを見ればわかるところは、しっかりデータを見て理解をしていきましょうという流れが確立されつつあります。
これまでの「当たり前」を変えて、自分たち以外の人の意見をしっかりと聞く。
そして「今」を疑うことから、「明日」を変えていくのです。
-インバウンドの推進に際して、周囲の人々がスムーズに連携できる「しくみ作り」のコツとは?
インバウンドに関しては「ぜひ進めたい」と思う人がいる一方で、周囲には積極的でない人も少なからず出てくると思います。
しかしその違いもまずは受け入れてみることが第一歩です。
ここまでの話にも通じますが「違うことを肯定」していきながら、全員の合意をどのようにして形成するのか?を考えていくわけです。
いきなり「インバウンドをしよう!」と言っても合意形成できないのであれば、例えばこんなやり方はどうでしょう。
まず「自分たちはもちろん子供や孫も大好きなこの地で、これからもずっと商売や仕事、変わらぬ生活をできるようにしたい」という、誰もが同意するような想いを共有することから始めるやり方です。
ちょっと口にするのは恥ずかしいけれど、でも全員が納得しそうな「ピュアな願い」での合意を前提に、ではこの願いがどうしたら実現できるのかを皆で考え、その方法論として「インバウンドの取り込み」を検証するというステップを踏むわけです。
この結果「インバウンド需要も取り込めば、確かに観光で地域の産業・経済が成立する」と多くの方が納得できれば、それが合意形成ということになるでしょう。
-具体的なコンテンツの造成や商品開発、受入態勢などについての考え方は?
新規プロダクト作りに関しては、まずは小さく始めて当たるところを伸ばしていく「スモールスタート」の考え方が適しています。
私たちは事業計画に際してついつい完成度の高さを求めがちですが、この場合は「完成度は低くても、多方面に着手していく」ことが肝要です。
手始めとして、関係者が協力可能なところから、まずは動いてみましょう。
計画を進める際には補助金の存在も不可欠ですが、国と地方との関係性が以前とは大きく変わっていることも認識しておくべきでしょう。
20年ほど前までは補助金ありきの事業計画が一般的でしたが、今はまず「地域が何をしたいのか、どんな計画を持っているのか」が、補助金採択の基準となってきています。
要するに「まずは自分たちで計画・枠組みを作りなさい。そこにやる気や確実性があれば補助します」というように、国のスタンスが変わっているのです。
ですからどうしたら補助金が取れるかよりも、自分たちが何をしたいか・すべきなのかを突き詰め、未来を視野に入れた計画を固めることが先決。
それが評価に値すれば国からの補助金も期待できる、と優先順位を入れ替えて考えるべきです。
実際に補助金申請が採択されている地域は、それぞれに確かな狙いや考えがあり、それが良い結果を導いています。
優れたコンテンツを造成すれば例え補助金がなくとも成功が得られますし、またそうした計画ほど補助金採択の確率が高いのだと考えましょう。
皆さんの宿・地域では、補助金を得るためのマーケティングではなく、他者の考え・視点を汲み取った「筋のいいマーケティング」を行っていますでしょうか。
ぜひ「これまでの常識を疑い、明日を変える」取り組みへとシフトしていただければと思います。
-海外の旅行社も含め観光の流通形態が大きく変わる中、商品づくりをどう考えるべきでしょう?
そうですね。団体から個人旅行へと潮目が変わったことで、旅行会社でもより個別旅行者のニーズを重要視し、それにマッチした旅行を提案・提供するようになりました。
このスタイルは海外においてはさらに顕著で、海外の旅行会社では、ある地域が旅行会社にインセンティブを払って「ウチの地域に客を呼んでほしい」というビジネスを受け付けないことがもはやスタンダードだと言っていいでしょう。
それには旅行会社側にもきちんとした理由があって、旅行者のニーズを無視して旅人を送客しても、旅行者のニーズと合わなければ旅行会社自体の信用が落ち、結果的に客が離れていってしまいます。
旅行会社とは本来、個人では見つけられない旅をコーディネートできることにその存在理由があります。
流通においても従来の商習慣は通じなくなっているのですが、多くの方々はそこにまだ気がついていないように思えます。
ある意味で旅行会社がその役割の原点に立ち戻っているとも言える今、旅館ホテルにおいても観光客の多様な興味にマッチする選択肢を提供することがより重要視されています。
ただ幸いなことに、海外からの旅行者側も、日本を舞台に自分の興味にマッチする旅を強い興味を持って探しています。
旅先の選択の基準が「どこへ行くか」ではなく、「そこで何が体験できるか」へと移り変わっているのだとも言え、こうした旅行者は良いものさえ提供すれば、言葉は悪いですが勝手に来てくれる状況にあります。
もちろんこうした状況ですから、旅に求める要素は国それぞれ、人それぞれ。万人受けする企画・商品というものはほぼありません。
旅館ホテルや各地域では、それを前提にして旅行会社の先にいる見えないお客様に「自ら選んでもらえる商品」を発信することが大事です。
これまでの旅館ホテルのやり方は、日本人に向けて最適化し、研ぎ澄ませてきた方法論です。
今後大切になるのは、そこに潜む「無意識の常識」から抜け出し、いかにして海外のお客様の幅広いニーズに応えられる施設・商品・サービスへと変化していけるかという点です。
日本人とは違って外国人旅行者は、自分のニーズをハッキリと主張・発信します。
旅館ホテルも、各地域も、こうしたお客様にしっかりと満足してもらえるような新たなスタイルを生み出していくことが喫緊の課題だと言えるのではないでしょうか。
-いま注目している、成功地域のエピソードなどはありますか?
私が注目していてぜひ行ってみたいと思っているのは、香川県三豊町の「UDON HOUSE」です。
ここは東京のIT企業に務めていた若者が集まって作った古民家ホテルで、うどんを打つ体験ができるという旅を提供しています。
香川県三豊町はそれまで特に外国人が注目していた地域ではなかったのですが、この施設が立ち上がってから、地域を選ぶのではなくこの「UDON HOUSE」でユニークな体験をするためにわざわざ旅行者が来るようになりました。
国や周りに支えられてこうした新しいチャレンジを行うのではなく、「自分が心からしたいからする。それを周りが支援して形になる」というプロセスが美しいなと思います。
他にも兵庫県の豊岡や、雪国観光圏、かまいしDMCなど、面白い取り組みしているところは沢山あります。
成功した事例として分析・参考にされることも多いのですが、私としては観光地はそれぞれ「生まれ、育ち、体格」が違いますので、そのモチベーションを参考にするのはともかく、具体的な方法論や手順などについてはどこまでを参考にすべきなのかを慎重に考えるべきだという立場を取っています。
以前、パラリンピックの水泳のメダリストの方にインタビューをする機会がありました。お話を聞いて驚いたのですがこの選手にはコーチが存在していませんでした。競技としての歴史が浅いことも理由ではあるのですが、パラリンピック競技の場合、同じ障害のレベルでも障害の個所がそれぞれ違うため、例え金メダリストの泳ぎだとしても、それがそのまま自分の泳ぎの参考にはなり得ない、という点がより大きな理由なのだそうです。
観光地もこれと同じで「生まれ」も違えば、歴史の有無や産業転換の経緯といった「育ち」、1万人来たら御の字なのか、年間200万人は来てほしいのかという「体格」などがそれぞれ異なります。
観光においては「こうすれば上手くいく」という共通解を見つけることが難しいのです。
先のメダリストに、速く泳ぐためのフォームをどのように見つけるのか聞いてみたところ、「自分が気持ちよく泳げる感覚を大事にする」と仰っていたのが強く心に残っています。
観光とパラリンピックの水泳はまったく違うものなのですが、今でもそこから多くの気づきや学びを得ることができたと思っています。
▶UDON HOUSE
-インバウンドプロデューサーとして活動する中で、木立さんが特に留意していることはありますか?
観光でも仕事でも私が大事にしているのは、その地域・その人の「もって生まれたもの・育った環境・体格」に合ったモノやコトを、どう最大限引き出すか?という点です。
私は外国人やインバウンドのプロとのネットワークを持ち、これまで全国の公共事業をやってきた経験値はありますが、個々の地域に深く根差しているわけではありません。
すべてを自社で完遂できるのならそれに越したことはないのですが、各地域にはそれぞれ、地域にマッチした事業を運営することに長けた方々もたくさんいます。こうした方々と上手に連携することによって、「生まれと育ち」が違う中で個々が培った経験やスキルを相互に生かし、総合力として発揮できるチームビルディングが行えれば、成功はより近づきます。
観光には「量から質への転換」が求められていますが、これは仕事の進め方でも同じことが言えるのではないでしょうか。
「ただひたすらみんなで長時間働く」という量の概念から、目的を共有した異質でそれぞれの良さを持ったチームを組閣して機能させていくという働き方の質の概念に考え方をシフトすることが重要です。
ダニエル・キムさんという学者さんが、「成功の質は行動の質」、「行動の質は思考の質」、「思考の質は関係性の質」という循環モデルを提唱しています。
数々の地域で仕事をしていると、まさにこの考えの通りだと実感させられることが多々あります。
インバウンドや地方創生というのは、最近の新しい概念です。
こうした新規性の高い領域で成功を目指すのなら、従来の枠に囚われない新しい関係性で取り組んでみることが適しているのではないでしょうか。
新しい出会いや関係性は新しい学びや思考を相互にもたらします。もちろん私も地域の方や老舗の方から教わったことは数多くあります。
皆さんと一緒に、それぞれの良さを引き出しあって、より良い仕事ができることを楽しみにしています。
■プロフィール
木立 徹さん
ソリッドインテリジェンス株式会社
プロデューサー
◯大阪府枚方市出身。2015年より、東京観光財団ボランティアガイドPR事業、外国語メニューのある多言語サイト、伝統文化発信事業、台東区英語サイト、愛媛県海外向けプロモーション映像(再委託)、山形県ファムトリップツアー(再委託)、秋田県の秋田犬を活用したFIT促進事業ほか、多数の自治体のインバウンドプロジェクト・インバウンドマーケティング事業に携わる。
◯東京都世界発信コンペティションでの革新的サービス部門特別賞受賞のサービス運営のリーダーの他、東京都観光まちづくりアドバイザー人材バンク、観光庁DMO外部専門人材への登録など、インバウンドによる地方誘客促進の専門家として活動。
◯令和2・3年度東京都観光経営力強化セミナーのプロデュースを担当し、台湾デジタル担当大臣オードリー・タン氏や成田悠輔氏とともに観光DXについての講演も行った。
◯第一回クールジャパンデータ&デジマケアワード最優秀賞受賞
◯7年間で180の公共事業(約8億円)を7人のチームで実施
<ソリッドインテリジェンス株式会社>
世界中のソーシャルリスニングをもとに、JNTO・自治体・広域DMOなどに向けてEBPMを活用した事業のプロデュースを展開。
全国各地におけるインバウンドマーケティング事業や海外向け施策立案、実施支援など、幅広いインバウンド施策を総合的にサポートしています。
<エイエイピーと木立氏の連携による、インバウンド事業関連実績の一例>
●十日町市文化観光推進協議会
日本遺産「究極の雪国とおかまち ―真説!豪雪地ものがたり―」
多言語webサイト制作・情報発信(2021-22年)
▶Snow Rich Tourism
●新潟県観光協会
新潟インバウンドカレッジ事業企画・運営(2022・23年)
▶新潟インバウンドカレッジ
●新潟県観光協会
インバウンドの地方誘客や消費拡大に向けた観光コンテンツ造成支援事業(2023年・実施中)
【木立氏と仕事をしたい、インバウンドプロデュースをお願いしたい】という方はまずはご相談ください
※2023/11/29公開の記事を転載しています
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