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【月岡温泉摩周】旧来の常識に囚われない個客向けへの戦略転換で、一躍繁盛旅館へ

美人の湯・月岡温泉を舞台に、上質な「個の宿」への新生

月岡温泉は「にっぽんの温泉100選」などでも上位にランクインされる新潟県を代表する温泉地。

美しいエメラルド色の特徴的な湯は美肌に対する効能があるとされる硫黄含有量で全国2位を誇り、「磐越三美人湯」の一つとして多くの女性からの高い支持を集めています。

新潟市からもほど近いその立地から、昭和期には湯治場としてはもちろん、多くの芸姑さんを擁する一大歓楽街としても隆盛を極めました。

しかし団体から個人へと旅の志向が変化する時代の趨勢の中、最盛期には年120万人もの入り込みを誇った客数も大幅な減少へと転じ、温泉街としての魅力を失っていってしまいました。

そんな月岡温泉で長く営業を続けてきた宿が摩周。2014年を機にそれまでの団体客向けの宿から個人客に特化した宿へと華麗な転身を図り、今や月岡温泉はもとより全国的にもその名を轟かせる名旅館となったその経緯とリブランディングの歩みをご紹介します。


団体客の減少と、激しい価格競争の時代の中で

摩周が団体客から個人客向けの宿へのシフトチェンジを模索し始めたのは、旅行もまだ団体やグループ客が主流の時代。多くの芸姑さんがいる月岡温泉も宴会需要をメインとした歓楽型の温泉地として知られていました。

大小数多くの旅館やホテルが宴会向けの多彩な企画商品を打ち出し、また新潟市からの送迎を充実させるなど、お客様の確保を最優先とした施策を競っていました。

しかしバブル崩壊後の景気回復に苦しむ中、企業や団体の宴会や旅行は減り続け、「自分がお金を出す」意識の高まりもあって、価格競争のみが激化しつづける傾向にありました。

各旅行社はこぞって「売りやすい料金体系」を導入し、それぞれの旅館の個性や実態を加味しない、料金帯のみでの一律のランクづけが行われていきました。

一定の価格内でどれだけのサービスを提供できるか。まるで叩き売りの様相を呈した競争の波に飲み込まれた摩周も、他館と同じように、身を削ってお客様のわがままに応えるいわば「都合のいい」旅館となっていました。

「今振り返ると、今日は保っても明日はどうなるかわからない状態でした。そして、それでも景気が戻れば何とかなるのではないかと淡い期待にすがっていたのだと思います」

旅館側に価格決定権がないこのやり方では長くは続かない。摩周は「自社の販売力を強化して、旅館側が自立しなければならない」との決意を固めます。

それが団体向け旅館から個人客をターゲットとした旅館への転身でした。


「新しい客層を創り出す」リブランディングのコンセプト

2010年頃から、摩周は減りつづける団体需要にすがりつくのではなく、本当の意味でお客様を大切にする宿を創ろうとさまざまなトライアルを始めます。そしてそんな試行錯誤の中で気づいたのが、従来の路線上でどんなアイディアを出しても結局は価格競争から逃れられないという事実でした。

宿のあり方自体において従来のスタイルから脱却する必要がある。それをしっかりと腹に据えたことで、個人客メインへの路線変更、「旅館ならではの因習と常識」からの脱却が本格的に動き始めます。

摩周が目指したのは「自立した旅館」「媚びない旅館」への転身。それは言いかえれば「新たな客層を創り出す」ことに他なりませんでした。

これまでにない宿を創るという視点のもとで、全国の数多くの旅館ホテルを参考にすべき宿と反面教師とに選別し、旅館のあり方を根底から見直すことから、いよいよ摩周の挑戦がスタートしました。


2014年、新・露天風呂「月美の湯」オープン

個人客シフトへの具体的な第一歩は2014年。他館にはない付加価値を持つ新たな露天風呂「月美の湯」のオープンでした。

これまでとは別次元の寛ぎの中で、美人づくりの湯・月岡温泉の源泉100%の魅力をゆったりと満喫できるよう設けられた露天風呂は、東南方向に開放された東屋越しに月岡の名月や星空、季節の花や紅葉など四季の移ろう「時」そのものを楽しめるように留意されています。

屋根に入ったスリットから月が通る道をイメージできる独特の設えや、夜のライトアップなどもこの狙いをしっかりとお客様に伝えるための工夫です。
この「月美の湯」をはじめとする4つの露天風呂と、貸切内湯「赤玉の湯」を合わせた5つの湯で月岡温泉を堪能できる宿。

それを前面に押し出した販促展開は、これまでの摩周のターゲットとは異なる新たな客層からの確かな評価へとつながり、「月美の湯」オープンから2年後の2016年には「楽天トラベル 2016年 年間人気温泉宿ランキング」で全国3位の宿に選出されるまでになりました。

お客様がもっとも使うパブリック施設であるお風呂のリニューアルはお客様へのインパクトも強く、メディア展開が市場に浸透するのとあわせ、口コミによってもさらに大きく話題を広げていきました。

「特にビジュアル面で、他館と差別化できる魅力が不足していた」という摩周。「月美の湯」の誕生は、新たな宿への生まれ変わりを高らかに宣言するとともに、視覚面からも摩周ならではのアイデンティティを鮮明に伝えられるアイキャッチとして機能することとなりました。


第2弾リニューアル、高付加価値客室とオープンキッチンレストランの誕生

摩周が「本格的に個人客向けの宿にシフトしたのはこの年」と位置づけるのが2016年。リブランディング第2弾となる客室とレストランの大幅改装です。

それまで週末しか稼働していなかった10室の客室+宴会場のスペースを一新し、「四季亭いろは(4室)」「さつき亭やまのは(4室)」の高付加価値型客室に改装するとともに、専用のレストランとしてオープンキッチン「月 terrace えん」を新設。

「従来の客層からは想起できないイメージのレストラン空間」と摩周側からも声が挙がるほどのインパクトある空間に、多彩なアイディアや現場の声をふんだんに盛り込んでブラッシュアップを重ね、まったく新しいダイニング空間ができあがりました。

上記の改装を含め、この年に約半分の客室を個人型に改装。以降段階的に改装を進め、2018年には8割の客室を個人型へ、2020年2月には全室にベッドを導入して完全な個人型旅館への移行を完了。

特室8室、和室ベッドルーム22室、2人利用ツインルーム8室と、全室を個人客向けとした計38室の陣容が完成し、「寛ぎ最優先の新たな和モダン空間」としてのリブランディングを実現しました。

「今までの旅館の常識ではついあれもこれもと兼用で使える空間を求めてしまうのですが、『兼ねようとすると失敗する』というのが私たちの正直な実感です」と、中途半端を避けて目的を絞り込むことの大切さを痛感したそうです。

施設やサービスを充実・特化させれば、当然価格も上がります。摩周では2016年から7度にわたる段階的な価格改定を通して、高付加価値旅館としての現在の価格帯へと変化させていきました。

「とにかく人の数がほしい、売上がほしいという考え方に囚われている限り、トータルで利益を出すのは困難でした。ターゲットを絞って一人ひとりのお客様に望まれる商品やサービスを提供するようになってからは、客数は少なくともトータルでの利益が出て、安定した経営を実現することができました」

幅広いニーズに応えようとストライクゾーンを広げるほど、真に獲得すべきお客様の選択肢から外れていってしまう。このジレンマに対して、摩周ではゾーンを絞りボトムの価格帯を上げていく戦略を採りました。

ハード・ソフトともにおもてなしの質を向上させるとそこには、それに見合った料金に納得してくれるお客様との新たな出逢いがあったという摩周。現在では宿の最低料金帯が従来の最高料金帯を越えるまでになり、高価格・高収益が実現できています。


新生「摩周」の存在感が浸透し、評価・業績も急上昇

付加価値の高い施設とサービスを通して、宿の価値を大幅に上方修正してきた摩周。販促活動においても美しい映像による高イメージのプロモーションムービーやTVCMをフルに活用して、新たな摩周のブランド価値を広く訴求。「摩周が生まれ変わった」ことをじっくりと時間をかけて浸透させていきました。

さらに、2018年には個室ダイニング「雪 terrace あかり」をオープン。この結果、宿から従来の宴会場は姿を消し、さらにはエントランスやロビー周りを含めた館内全域もリニューアルされたことで、ゆったりと落ち着いた旅を楽しめる「個の宿」としてのアイデンティティをより高めることに成功しています。

この10年の間に、3度にわたる大きな改装と、日々の細やかな改善を積み重ねて個人客に特化した宿としての地歩を固めてきた摩周。

経営面においても、個人客の平日稼働が大幅に向上したことで週末との格差がなくなり、労働集約と平準化を実現。スタッフの安定した休日取得やゼロ残業などの働き方改革も達成しています。

身も心も充実した社員から自然に生まれる上質なおもてなしによって、さらにお客様の満足度も向上する…という理想的な循環ができあがっていると言います。

戦略の変更による価格帯の変動。これには当然お客様からの反発が予測されます。しかし不透明な時代に明日を見出すためには、思い切って何かを変えていかなければならないことも事実でしょう。

現在摩周ではコロナ対策も念頭に、1室最大3名、グループ利用でも最大4名のご利用とし、安心してゆっくりと寛いでいただける静かな館内環境を整えています。


月岡温泉では、開湯100年を迎えた2014年以降「歩きたくなる温泉街」を目指したエリア再生に街ぐるみで取り組んでいます。新たな名所の誕生や温泉街全体の景観改善、個性あふれる数々の体験型店舗の新設など、数々の先駆的な取り組みによって現在は再び次世代の観光地としての脚光を集め、全旅連主催の「人に優しい地域の宿づくり賞」最高賞や、コンパクトなまちづくり推進協議会などが主催する「先進的まちづくり大賞」国土交通大臣賞なども受賞。

こうしたエリア全体の再びの隆盛と、新しい層のお客様からの高い評価を背景に、摩周は「じゃらんネットランキング2019 売れた宿大賞 新潟県1位」、「楽天トラベル 日本の宿アワード2019」などを受賞。さらに「ミシュランガイド新潟2020特別版 4パビリオン」でも掲載宿泊施設の最上位にランクされるなど、数々の栄誉に輝いています。

「これまで」という常識から思考を解き放ち、覚悟をもって一歩を踏み出せば、あらゆることがうまく回り出す。

団体向けから個客向けへのリブランディングを成功に導いた月岡温泉摩周の存在は、販売戦略のシフトチェンジやキャッシュフローの安定化などに悩む全国の多くの宿にとって、この上なく貴重な指標の一つとなるのではないでしょうか。


摩周(新潟県・月岡温泉)
〒959-2338 新潟県新発田市月岡温泉654-1(Googleマップ

摩周の公式サイトはこちら

※2020/12/17公開の記事を転載しています


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